【富士通】なぜ大企業は変われた?パーパスから始める「ジョブ型人材マネジメント」

富士通株式会社では、「ジョブ型人材マネジメント」の考え方に基づく新たな人事制度を導入。ポスティング制度などを活用し、従業員の主体的な挑戦と成長を後押しするものだ。転機となったのは、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」という同社パーパスの策定。新時代に向け、同社CHROの平松浩樹氏が行った改革とは。その概略を解説する。

Profile

平松 浩樹氏

富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO

1989年富士通株式会社に入社。2009年より役員人事の担当部長として、役員人事・グローバル役員報酬の制度企画・指名報酬委員会の立上げ等に参画。2018年より人事本部人事部長としてタレントマネジメント、幹部社員人事制度企画・ジョブ型人事制度の企画を主導。2020年4月より執行役員常務として、ジョブ型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。 2022年より現職。

“IT企業”からの脱却。「今までの延長じゃない」

新型コロナウイルスの感染拡大により、それぞれのニューノーマルを迫られた2020年。同社でも、従業員がこれまで以上に高い生産性を発揮し、イノベーションを創出し続けられる新しい働き方が求められていた。
そこで、富士通は従来の「IT企業」から「DX企業」に変わる旨を宣言。「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」とのパーパスを策定した。

この前年に代表取締役社長として時田隆仁氏が就任した際、平松氏は時田氏から「IT企業からDX企業に変わるということは、今までの延長じゃない」「組織のカルチャーやさまざまなスキル、ビジネスモデル、全部変わるくらいのつもりで考えてほしい」と言われていたという。

2021年には、一連の変化の象徴として、新たな事業ブランドとなる「Fujitsu Uvance」が誕生した。顧客のビジネス成長と社会課題の解決に挑むソリューションで、同社が長年培ってきたテクノロジーと、さまざまな業種の知見を融合。クロスインダストリーを活性化させ、これまでにない解決策やインサイトを導き出すものとされる。
同社を取り巻く環境が激変する中、事業の源泉となる人材への考え方も変えていかなくてはならない。当然のことながら人事制度も改革を迫られた。

変革の鍵は“ポスティング”。社員8万人のうち、延べ2万人が応募

「やはり『なにを目指していくのか』からスタートしないといけない。『メンバーシップ型じゃうまくいかないからジョブ型だよね』とか『日本固有の人事制度はダメだからグローバルだよね』とか、そういうことではない。
なにを目指しているのか、ということが最初にある。そこからしっかりとストーリー展開できないと、社員も腹落ちしないだろう」

平松氏は当時そのように考え、全社パーパスとは別に人事領域のパーパスを策定した。「社内外の多才な人材が俊敏に集い、社会のいたるところでイノベーションを創出する企業」というものだ。
従来の富士通は製造、流通、営業などの部門ごとの縦割り組織。また顧客企業に寄り添い、生産性向上のための課題解決を得意としていた。
しかし、今後は富士通が主体となってイノベーションを創出していくため、部門の壁を越えてコラボレーションを行い、よりクリエイティブな企業文化へと変わっていかなければならない。

社員にも「今までの富士通の強みと真逆のことを言っている」と伝え、「そのビジョンを実現するために、我々人事もコミットします」と意気込んだが、やることは山積み。パッチワークのように不具合があるところだけを修正しても意味がなく、一貫性を持ったフルモデルチェンジを行っていく必要があった。
それは旧来の現有人材起点のマネジメントから戦略起点のマネジメント、つまりジョブ型人材マネジメントへの意向を意味する。

「DX企業に変わるためには、人材ポートフォリオを変えていかなければいけない。そのために組織設計をちゃんとやっていく。そのうえで、ポジションやジョブを用意して、そこに適材をアサインしていく、もしくはポスティングでチャレンジしてもらう。
そしてそれが、きちんと報酬と紐づくかたちで、より大きな職責にチャレンジできるカルチャーをつくっていこう」

あわせて、これまで人員計画の権限を人事が握っていたところを、事業部門に移譲。ビジネスプランに必要な人材の中期計画を作ってもらい、その範囲内であれば、社外からの採用や社内でのポスティングなど、人のシフトは自由にやってよいとした。そのうえで、人事側から社員が自律的に学び、成長できる環境を整えた。
自律人材への変革。その鍵を握ったのはポスティング制度だった。新卒一括採用や長期雇用を背景にした受け身の風土。それを変えるためには、自ら仕事に手を上げる能動的な姿勢を社内に浸透させる必要があった。

「これまでも、成長領域に人を集めようというときに、いろんな組織に『出してくれ』と言っても、なかなかいい人材が来なかった。『お前行け』と言われた人ばかりが集まって、モチベーションが低いということがよくあった。
ポスティングであれば、自分で挙手しているためモチベーションの高い人が集まる。結果的に、人材の流動性や人材を集める機動力が上がっていくことを期待した」

2020年4月からポスティングオファーを拡大。そしてこの3年間で、ポスティングに応募した社員数は、延べ2万人。合格して実際に異動した人が7千人。国内グループの社員数が8万人であることを考えると、高い割合の社員がポスティングに参加した。一方で、異動が叶わなかった1万3千人にも「ここは良かったけど、ここが足りなかった」とフィードバックを行った。

組織のビジョンを社員それぞれの評価へ

ポスティングにより、モチベーションの高い社員を人材配置することができるようになった。一方、そのモチベーションを維持するためには適切なフィードバック、つまり評価制度も変えていく必要がある。

従来は目先の売上等に比重を置いた目標管理評価だったが、新たな人事制度にはそぐわないと判断し、「Connect」という仕組みを設けた。
同社のパーパスを起点に、各組織のリーダーが組織のビジョンを、想いも含めてメンバーと共有。そのビジョンに向けてどれだけのインパクトを与えたか。また、個人のパーパスを起点にどれだけ成長したか、などを大きな流れの中で評価する一貫性を持った仕組みだ。

各本部ごとに、3年後や5年後にどういう姿でありたいか。そこからバックキャストで考え、それを個人のレベルでも行う。定期的に1on1の機会を設けて、すり合わせを行い、最終的にはその期を通じて大きなインパクトを与えれば、適切に評価をして、より大きな職責や成長機会を与える。

そして当然、新評価制度の要となる「ビジョン」への道筋も、しっかりと考えていく必要があった。

「ちゃんと機能させるためには、やっぱり本部長がビジョンをしっかり固めなきゃいけない。そこで、本部長に集まってもらって、ビジョンピッチというのをやりました。1人5分ほどで、自分の本部のビジョンを語ってくださいと。
部下や、これからその組織に行きたい社員、もしくはお客様、投資家…いろんな人をイメージしながら、魅力的なビジョンを語ってもらった」

最後は、そこで話し合ったことを、自分の組織のメンバーにも語ってもらうよう促したという。そしてこれは、全社レベルでも行われる。同社の特徴的な取り組みである「Purpose Carving」だ。

7、8人で、ワークショップ的に対話をしながら、自分が生まれてから現在に至るまでに、どういう価値観を持ち、なにを大切にし、なぜ同社に入り、これからどうありたいか、といったことを話し合っていく。文字通り「Carving」、つまり個人のパーパスを「削り出す」のだ。
考えられた各本部ごとのビジョン、そして個人のビジョンは、評価システム「Connect」を通じて、全社的なビジョンに結びつく。上司と部下で必ず月一回、最低30分ほど、1on1でのコミュニケーション。その中で「組織ビジョンに向けて、どうチャレンジしていくべきか」といった確認がされ、組織、個人ともに納得のうえで、評価がなされる。

3年後に「エンゲージメントスコア」が変化

こうした取り組みは、組織の風土をどのように変えていったのだろうか。平松氏は「エンゲージメントスコア」を使って説明した。

それによると、制度改革以前の2019年に63%だったものが、2022年時点で69%まで上昇。3年間で6ポイント上がり、ターゲットとしている2025年の「75%」に迫っている。

エンゲージメントサーベイの中には「仕事に見合う給料・報酬」「上司のフィードバック」「学習や成長の機会」「(ポスティングなどの)均等な成長機会」など、トータルなエンゲージメントだけではない、部分的な項目も確認できる。
そしてそれらは、明らかにポジティブに変わってきている。平松氏は、戦略人事が求められる現在の世相を背景に、最後に以下のように語った

「人事が戦略部門になるためには、『戦略的に人事をやっているか』というところがテーマになると思っています。
そのポイントとしては、やはり人材ポートフォリオ。それも全社のポートフォリオだけでなく、本部とかの単位で、どういった人材ポートフォリオに、質的にも量的にも変えていくのかということを、HRBP(Human Resource Business Partner)などが企業のトップと一緒に考えていくと。

それを適切なKPIでモニターしていきながら、しっかりやれているのか、もしくは軌道修正が必要かということを、データで説明できるようにしていく。
そういう意味で、経営戦略とアラインとデータドリブンというのは非常に重要。弊社もじつはまだまだ出来ていません。このあたりは、日本企業全体にも同様の課題があるのではないかと思っています」

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