【富士通×GMO】実践者が語る人的資本経営を推進するために大切な5つのこと

人的資本経営に取り組む企業が増えているが、いざ計画を実践しようとしたときに思わぬ壁にぶつかって停滞しまったり、なかなか結果が出なかったりするケースも多い。会社の変革を進めていくためには、どのような点を意識して取り組んでいけばいいのだろうか。

実際に人的資本経営を推進してきたGMOアドパートナーズ 代表取締役社長の橋口誠氏、富士通 社執行役員EVP CHROの平松浩樹氏の両名に、人的資本経営に取り組むうえで経営陣や人事が注意すべきポイントをディスカッションしてもらった。

 


橋口誠 氏
GMOアドパートナーズ株式会社 代表取締役社長


平松浩樹 氏
富士通株式会社執行役員EVP CHRO

<モデレーター>

田中弦
Unipos 代表取締役社長CEO

本気で変わろうとすれば、企業は変われる

人への投資が企業の成長に欠かせないということに、多くの企業が気づいているはずだ。人的資本投資をすることによって、実際にどのような変化が生まれるのか。
GMOアドパートナーズの橋口誠氏が一連の施策によって大きく変わったこととしてあげたのが、コミュニケーションの質の変化だ。

「コミュニケーションの質は定量化、顕在化しにくいところですが、肌感覚として、我々が掲げている経営方針や戦略に近づいてきているように感じます。状況が良くないときは不満を言ったり、『あのセクションはどうだ』『あの人はどうだ』と言ったりするケースをよく耳にしていました。しかし、一連の施策がうまく回って状況がよくなると、コミュニケーションの質が変わり、議論が活発になったと感じています。その結果として、離職率やエンゲージメントスコアの数値がかなり改善しました」(橋口氏)

一方で、富士通の平松浩樹氏は、「ジョブ型を中心とした人事に変えることで、すごいスピードで会社が変わってきた」と語る。

「ジョブ型に切り替え、全社的にDXを進めていく動きがあったなかで、コロナの影響で働き方をすべて変えざるを得なくなってしまった。これによって、人事の仕組みだけでなく、いろいろなものが同時並行に変わっていきました。社内にも、『変わっていくことが当たり前』という空気感も生まれました。おそらく5年前だったら、ここまで変わることはできなかったと思います。『歴史の長い日本企業は変われない』『既存ビジネスが強い会社は変われない』とよく言われますが、それは実は思い込みで、何らかのきっかけや覚悟があれば変われるのだと思いました」(平松)

富士通が大きく変わることができたのは、トップが本気で会社を変えるんだとコミットし、全社に向けて発信を続けてきたという背景がある。
また、会社の規模が大きくなるほど人事の仕組みを簡単に変えることは難しいが、人事のメンバーが「いつか変えよう」と課題を抽出したり、アイデアを出し合ったりと準備していたため、会社全体が変革に向けて動き出すタイミングですばやく実行できたのだという。

業務以外のコミュニケーションの機会も大事

一人ひとりの従業員に現場でいきいきと働いてもらうためには、カルチャーへの投資が重要だ。会社がどういう方向に向かっているのか、従業員にどういう価値観や行動を求めるのかなどを明確に示して、社内に浸透させていくことが求められる。
では、実際にカルチャーを育んでいくためにはどのような点に気をつければいいのだろうか。

GMOアドパートナーズを含めたGMOインターネットグループでは、社是や社訓をまとめた「GMOイズム」を全従業員で共有している。全員が『GMOイズム』を読み、自社で活躍するためにはこのイズムを実践することが大事だと浸透しているという。これによって、お互いの個性を活かそうとする雰囲気が生まれているという。


「たとえば、ゆっくりだけど確実に業務を遂行していくチームと、スピード優先で細かいことはあとから調整していくチームがあった場合、それぞれの考え方が折り合わずに摩擦やストレスが生まれてしまうことがありますよね。しかし、『GMOイズム』があることによって、各チームの考え方の違いが個性であるという捉え方ができるようになり、円滑なマネジメントジャッジにつながっています」(橋口氏)

また、GMOインターネットグループでは、業務以外のところでのコミュニケーション活性化にも力を入れているという。社内コミュニケーションスペースで夏は浴衣を配布して夏祭りをしたり、クリスマスイベントを開催したりなど季節ごとにイベントを開催。ほかにも、公園のトラックを借りて従業員向けのランニング講習会を開催するなど、業務とは関係なく社員が交流しあえる機会を設けている。

「こうした取り組みによって新卒や中途入社の社員も早く会社に慣れることができ、『自分からどんどんやっていいんだ』と感じてもらえると思います」(橋口氏)

一方、富士通でも業務の垣根を越えたコミュニケーションに力を入れている。会社のカルチャーを浸透させ、中途入社の社員にも早く慣れてもらうために、たとえば社長や役員、本部長がタウンホールミーティングを開催したり、オンラインでワークショップを開催したりなど、頻繁に社内を横断するようなコミュニケーションの機会を設けているという。

「富士通では、一人ひとりをよく理解し、自分たちがチームとして良いコミュニケーションをするためにどういう場を設定すればいいか考えることを大切にしています。オンラインを活用して、いろいろな形で仕事のチーム以外の人とコミュニケーションする機会を増やし、一人ひとりが主体的になることで、良いチームをつくることができると考えています」(平松)

こうした経営陣からのメッセージ発信強化もあって、富士通ではオンデマンド研修の受講者が2.8倍に増えたという。
受講時間をノルマとして設定するのではなく、社員が目的を持って主体的に学ぶためには、スキルアップすることで新しい職種や仕事にチャレンジができるというメリットを打ち出すことが重要だ。富士通では社内のポスティング制度や昇進の際にどのようなスキルや経験が必要かをオープンにしたことが、従業員の学ぶ意欲を高めることにつながっているという。

「『3年頑張ったからそろそろ昇格させようか』みたいなことが一切起きない人事の仕組みに変えたため、ずっと同じ仕事としているだけでは処遇は変わりません。必要なスキルや経験を公開することで、上のグレードに上がるために勉強しようと自分から動く社員が増えました。学んだ分だけどんどん挑戦できる仕組みに変えたことで、社員の主体性を引き出すことにつながっていると思います」(平松)

変革に抵抗感を持つ人々といかに向き合うか

会社の変革を進めるなかでしばしば壁となるのが、現状を変えることに抵抗感を持つ人々との対立だ。
GMOアドパートナーズの橋口氏は、「ルールや仕組み、風土を変えようとするときは、大なり小なり意見の対立は起こるものです。大事なのは、その際にしっかりと対峙していくことだと思います」と語る。

では、どのように反対意見の人々と向き合っていけばいいのだろうか。

「ある意味、冷静なけんかをすることが大事。何がダメなのか、なぜダメなのかをしっかりと聞いて話し合う。お互いに納得したうえで、新しい仕組みを制度として回していくようにしています。なかには、どうしても溝が埋まらないときもありますが、その場合は全社に向けてのコミュニケーションのなかで、『一部にはこういう意見もあるけれど、経営陣としてはこう思っているので、やっていくことを決めた』と話をするようにしています。
一番やってはいけないのが、反対意見を無視して新しい取り組みを始めてしまうこと。どんな意見にも耳を傾けて、理解を求めるために経営陣がしっかりと対峙してメッセージを発信することが大事だと思います」(橋口氏)

富士通の場合は、社長が変革の必要性を強く説いてコミットしていたこともあり、役員クラスでは「社長がそこまで言うなら」と変革に対して理解が広がっていたという。
しかし、本部長、現場のマネージャー、各社員に伝える際は、会社のいろいろなことが変わっていくことに対する不安や懐疑的な見方が広まらないよう、注意して進めていったそうだ。

「新しい仕組みを導入するときの大前提として、社員を信頼しているということをしっかりと伝えることが大切だと考えています。そのうえで、今までは成長したい、挑戦したいという気持ちがあっても環境が整っていなかったですが、それができる環境を整えます、と伝えました」(平松氏)

こうしたコミュニケーションを取ることで、社内からは変革に対して「挑戦する意欲が湧きました」といったポジティブな意見が多く寄せられたという。平松氏は「『エンゲージメントサーベイでこれだけの人が前向きに捉えている』といった情報を全社に発信していくことで、さらに社内の理解も進んでいったと思います」と語った。

組織の魅力や価値をトップが語ることが必要

富士通では社員が挑戦しやすい環境を整えることで、会社全体の雰囲気がポジティブに変わっていったという。一方で、社内ポスティングでは人気の職場に異動希望が集中してしまうという事態も。地味だけど確実に稼いでいる部署になかなか人が集まらない状況を変えていくために、同社では本部長による「ビジョンピッチ」を行っている。

「組織のトップが自虐的に『うちの組織は地味なので……』と語っているのはよくない。本部長が組織の魅力を語れなければ、いい組織にはなれません。たとえば、お客様のインフラを長年にわたってサポートして確実に利益を生み出しているというのは、一見地味かもしれませんが、ものすごく価値のある仕事です。そうした仕事の魅力や組織のビジョンを本部長自らが語れるようになることが、組織の活性化につながっていくと思います」(平松氏)

また、組織の雰囲気を変えていくためには、現場のマネージャーが日々の1on1で組織のビジョンや仕事における役割をしっかりと伝えていくことも大切だ。
「レイヤーが下に行けば行くほど、目の前の仕事に追われて、本来のビジョンや役割を見失ってしまうこともあります。会社や部署がどういう考え方をしているのかをしっかりと伝え、適切にサポートすることが、一人ひとりの仕事のやりがいや成長につながると思います」と平松氏は語った。

カルチャーはアップデートし続けるもの

カルチャーを社内に浸透させ、本当に意味のあるものにするためには、定期的に見直しながらアップデートしていくことも大切だ。

GMOインターネットグループでは、定期的に「GMOイズム」の内容を検証、変更するために委員会を発足させているという。「中身が薄れてきたり、言い回しが古くなったり、あるいは、社内で起きたトラブルから新しい課題が見つかったときなどに『GMOイズム』を修正します。それを社員が読み上げるため、何が新しくなったのかも常に共有できるようにしています」と橋口氏。

富士通では、エンゲージメントサーベイを年2回行い、そこから見えた課題をどう変えていくか議論するワークショップを実施しているという。また、中途採用やポスティングの強化によって社内の流動性が高まったことで、外から来た人からの視点を取り入れながらチームや現状を見直し、活性化するためにどうしたらいいかを話し合う機会も増えたそうだ。

人やカルチャーへの投資はすぐに目に見える効果が出るものではなく、時間をかけて取り組んでいかなければならない。すでに実践している企業の事例を参考にしながら、自社にあった人的資本経営を推進していくことが必要だ。

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