ゆるい職場で若手が育つには?「働き方改革」の先に求められる「育て方改革」
2024.05.24
人事・組織をテーマにした話題の書籍の著者にインタビューし、理解をさらに深めていく連載企画「ウワサの人事・組織本」。第7回では、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか―“ゆるい職場”時代の人材育成の科学』を取り上げる。
リクルートワークス研究所の主任研究員を務める古屋星斗氏は、若手社員(以下、若手)の育成が難しい理由を「従来とは異なる環境下で若手を育てる必要があるため」と語る。若手の置かれている現状と彼らに起きている変化、今の若手育成で行うべきことについて話を聞いた。
Profile

古屋星斗 氏
リクルートワークス研究所主任研究員
2011年一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場や次世代社会のキャリアを研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。法政大学キャリアデザイン学部兼任教員。大阪商工会議所若手社員キャリアデザイン塾塾長。『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)など著書多数。

変わったのは、若手ではなく職場を取り巻く環境
──上司世代から「若手が何を考えているのか分からない」と悩む声がたくさん聞かれます。まずは若手社員の特徴について教えてください。
私は主に若年人材について研究していますが、若手の考え方は多様化しています。
よく「Z世代は〇〇だ」と定義されがちですが、人材育成においてZ世代という平均像は幻想に過ぎません。彼らに仕事での価値観を調査すると、地元志向層と都会志向層、ハードに働いて稼ぎたい人と給料は安くても落ち着いて働きたい人など、どちらもほぼ50対50の割合になっています。近年の若手の志向は二極化しており、それぞれの思考の掛け合わせにより、「地元でバリバリ働きたい人」「都会で自分らしく働きたい人」など、さまざまな価値観が生じているのです。

唯一の共通点として「仕事よりもプライベートを重視したい」傾向が見られますが、実はこれは全ての年代で同傾向が見られます。社会が変わって働き方が多様化した結果、心身共に会社が個人に占めるウェイトが低くなっている。つまり、若手自身の考え方が変わったというよりも、この十年で会社を取り巻く環境が大きく変わったことが若手の考えに影響を与えていると僕は捉えています。
──社会環境が変わることで、具体的には若手にどんな影響があったのでしょうか。
2010年代、ブラック企業を是正するために職場に関連する法改正が次々と行われました。2015年の「若者雇用促進法」によって大手企業を中心に残業時間数や有給取得率が開示されるようになり、2019年の「働き方改革関連法」では一部専門職を除いて労働時間の上限規制が行われました。
この「職場運営法改革」によって、大手企業で働く若手の平均週労働時間は2015年の週44.8時間から2022年の42.4時間まで減少しました。一日の標準労働時間を8時間と考えると、残業時間は週4.8時間から2.4時間へと半減しているのです。

何かの分野で専門家になるためには、学習時間が1万時間必要と言われます。従来なら一日の大半の時間が会社での勤務に当てられていたので、会社の仕事を真面目にこなしていれば自然とスキルアップしていきました。
しかし働き方改革が進んだ結果、労働時間は管理されるようになり、テレワーク下では上司や同僚の仕事を見て学ぶことも難しくなってきています。もちろん過重労働を強いられる機会は減少したことはとても良いことです。しかし初期キャリアで必要な機会を得るためのハードワークもできない。上司世代と比べると、ただ会社の指示通りに働いているだけでは若手が成長することが難しくなってきたのです。
もちろん若手自身も、先行きが見えない社会で自分のスキルが陳腐化することに危機感を抱いています。突然優秀な若手が離職するのも、キャリアへの「不安」が強いと言えます。
ゆるい職場が増えたことで、キャリアへの「不安」が増えた
──著書にも「今の若手は会社に『不満』はないけど、『不安』がある」との記述があります。なぜ、今の若手は自身のキャリアへの「不安」を抱えているのでしょうか。
前述した通り労働環境は良くなっており、会社への不満を感じる人は減少傾向にあります。ハラスメント防止措置が義務化されたことにより職場で叱責されることはなくなり、男性でも育児・介護休業を取得する人が増えてきました。
しかし、その中でも不安が生まれてしまう理由が二つあります。一つは周囲との比較が容易になったことです。上司も優しく労働環境も整った「ゆるい職場」で日常を送る中で、SNSには友人の起業や転職、キャリアアップなど華やかなエピソードが並ぶ。周囲と比較して自分は今のままで大丈夫なのか、スキルや経験が不足しているのではないかと焦ってしまうのです。

もう一つは、キャリアの選択回数が増えたためです。従来の職業人生では、大きく分けて新卒の就職活動と定年後の生活の二回が大きなキャリアの転換期でした。
ところが現代はキャリア選択のタイミングが無数にあります。会社の倒産や事業の統廃合など外的要因だけでなく、自身の転職やライフイベントで全く異なる働き方に変わる可能性もある。会社ではOJT/Off-JTの機会は減少し、早い段階からキャリア自律した人材が求められる。いかなる状況下でも荒波を乗り切れるように「早くどこででも通用する『何者か』にならなければいけない」という思いがどこかにある。
──会社で働くだけでは成長が難しい中で、若手は何か対策をとっているのでしょうか。
社会の変化が激しいことから、多くの若手は転職を前提とした職業生活設計をしています。驚くべきことに、大手企業入社3年目までの社員で「定年・引退まで今の会社で働き続けたい」と回答した人は2割しかいません。入社したばかりでも、8割の人はいつか今の会社を辞めるだろうと考えているのです。
終身雇用制が崩壊した今、スキルや経験を積み上げ、自身が変化し続けることが、若手にとっての「新しい安定思考」になっています。大手企業にいれば生涯安泰とは言えず、新しい技術が次々と生まれる時代では、変わり続けることこそが安定につながります。「何者かになりたい」「成長したい」と考えている若手は意識が高いのではなく、時代に適応できる形を模索した結果なのです。
上司だけに任せず、企業や社会全体で若手を育てる意識を持つ
──上司世代は、教育面もスキル面も今とは異なる環境下で働いてきました。昔のような指導を行うことが難しい中で、上司はどのように若手をマネジメントしていけばいいのか教えてください。
若手との付き合い方に悩む上司世代は多いですが、そもそも大手企業のマネージャーが管理する29歳以下の部下は平均2、3人とされています。若手との関係に悩むのは、そもそも若手と十分なコミュニケーションをとっていないことが原因です。まずは目の前の個人と向き合い、一人一人の考え方を知ることが大切です。
調査結果では、育成成功実感率の高い上司は、若手とコミュニケーションを高頻度で取っているという結果が出ています。また別の調査では、話題やコミュニケーションの時間はあまり育成成功実感率に影響がないことも分かっています。形式にはこだわらず、とにかく話す頻度を増やすことが大切だと私は考えています。

とはいえ、もはや上司だけで若手を育成する体制には限界があるといえます。現在の管理職はプレイングマネージャーとして疲弊しているため、負担を軽減することが必要です。
──働き方改革の流れが加速し、上司も若手を育成することが困難ならば、今後は、どこでどのように若手を育成していけばいいのでしょうか。
会社の中だけで社員が育った時代にはもう戻りません。企業も、従来のように職場や上司だけで若手を育てることは現実的ではないと気付き始めています。これからは、「企業や社会全体で若手を育成していく」と考え方を改めるべきです。
企業内では、部署を横断して育成だけに責任を持つ「育成専門職」を設けるべきだと私は提唱しています。管理職は事業の数字を管理するのみで、育成専門職は若手育成や若手のパフォーマンスがどうすれば発揮できるかに責任を持つなど、実務と人材育成業務の責任者を切り分けるとうまくいくのではないかと考えています。
また、若手同士が切磋琢磨する場所を作ることも一案です。飲食業界では新人だけを集めた実験店舗を運営するケースが増えています。仕事を大量に与えて長時間残業を課すことは難しいので、頭を使って考えなければいけない仕事や質的負荷を与える環境を強制的に作るわけです。自分たちだけで日々の運営業務やクレームに対処すれば、同じ勤務時間でも成長スピードが圧倒的に速くなります。

業務外活動を積極的に推進する企業も増えています。パナソニックグループでは、組織内で横のつながりを生むために社内運動会を開催しました。参加対象者や企画・運営は入社5年目以内の若手となっており、若手同士でのコミュニケーションを取ることが目的です。従来なら社内のイベントは上司が若手に組織文化を継承・指導する場だったかもしれませんが、若手を対象にした組織開発の機会へと置き換えたのです。
日立製作所とソニーグループでは、AIや半導体分野で相互に副業を受け入れることを発表しました。籍を置いたまま若手や中堅社員が他社で働くことで、新しい技術や知識を学び自社の業務に活かすことを目指しています。
グローバル社会で生き残っていくためには、働き方改革が進む職場でいかに若手を育成していくかという視点を持つことが必要です。職場で行うOJTだけに頼るのではなく、労働時間が少ない環境下でどのように若手を育成していくのか、企業が「育て方改革」に取り組む時代に入りました。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
この連載の記事一覧