「トレンディ人事」から抜け出すには。流行に振り回されない“判断と実行” の人事へ

昨今、企業が直面する人事の課題は多岐にわたり、それに対応するための施策も日々増え続けている。人的資本、リスキリング、キャリア自律、コーチング、リファラル――気づけば人事担当者は“全部やらなくては”という空気に飲み込まれ、「施策のための施策」を量産していないだろうか。しかし、多くの企業で導入されている人事施策は、期待する効果を生み出せていないのが実情だ。本来の人事施策は、経営戦略・事業戦略の達成に向けた組織や人の判断・行動が変わってこそ意味を持つ。一方、「やったこと自体で満足してしまう状態を、日本HRBP協会 代表理事の山中裕貴氏は「トレンディ人事」と呼び、警鐘を鳴らす。本記事では、なぜ「トレンディ人事」に陥ってしまうのか、その根源にある課題を深掘りする。そして、そこから脱却し真に組織を成長させる人事のあり方について山中氏とUnipos株式会社 執行役員の岸川が対談した 

Profile

山中 裕貴 氏

リデザインワーク株式会社 取締役副社長

 

一橋大学経済学部卒業後、(株)リンクアンドモチベーションへ新卒入社。その後、株式会社HRBrainにて複数の新規事業を立ちあげ、事業責任者を担当。現在は戦略実現に向けた行動変革を支援するリデザインワーク株式会社の経営を担う一方で、一般社団法人日本HRBP協会の代表理事として日本版HRBPの検討・普及に従事。 

岸川 京太郎

Unipos株式会社 執行役員

早稲田大学商学部卒業後、新卒で2016年にFringe81(株)へ入社。広告事業にて大手クライアント向け営業組織のマネジメントに従事し、広告事業撤退のタイミングでUnipos(株)へ異動。営業やカスタマーサクセスなどフロント部門のマネジメントを歴任し、VP( Vice President )を経て現職。 

「トレンディ人事」とは何か?流行に振り回される人事の病 

岸川 山中さんが以前noteで公開された「トレンディ人事になっていませんか?」という記事が話題になっていました。改めて、記事で提唱されていた「トレンディ人事」とはどういう状態なのでしょうか? 

山中氏 「トレンディ人事」とは、経営や事業の課題解決と人事戦略が接続されないまま、流行の人事テーマに振り回されて施策を行ってしまう人事の状態を指します。人事施策は本来、望ましい判断や判断の基準をつくり、それが組織全体に浸透してはじめて価値を持ちます。しかし『施策をやったこと』そのものがゴールになり、行動変容が伴わない「施策のための施策」になっているケースが非常に多いという問題意識から提唱しました。特にそれを強く感じたのは、私が前職のHR事業会社で事業責任者をしていたときです。当時は、人事トレンドワードを何個も組み込むというマーケティングを行っていました。例えば、「人的資本が来るぞ!」と言われれば「人的資本に効果あり!」と謳い、「ISO30414が来るぞ!」と言われれば「ISO30414に適応しています!」と謳う、といった具合です。事業責任者でありながら、このアプローチが本質的なのか、疑問を持っていました。私自身の過去の反省も込め、この経験から「トレンディ人事」を提唱しました。 

「トレンディ人事」が生まれるわけは、人事と経営の “思考停止” 

山中氏「トレンディ人事」が生まれる背景には、外部環境と内部環境の両方の要因があります。 

外部環境の面では、「リスキリング」「キャリア自律」「コーチング」「リファラル」など、「あれもこれも全部やらなきゃだめ」という流れが作られてしまっている。 これはHR業界の構造的な問題とも言えます。人事担当者は、外圧に応える形で個々の施策を迫られ、本来あるべき「どのような人・組織にしたいのか」という思想がないまま、経営と人事の接続ができない状態になっています。 

内部環境の面では、経営層が人事施策に即効性を求める傾向影響しています。人・組織における課題に対して経営層としてはスピーディーに対応したいと考えており、「何もやらないよりは、色々やったら何かうまくいくだろう」という無思考なトライ&エラーを繰り返している状態です。 

岸川 人事では、投資とリターンまでの期間を長く見る必要があるということですね。例えば、製造業で設備投資をする場合、効果測定や回収期間が比較的明確で短期間で見られるのに対し、HRの領域は効果検証が難しく回収に時間がかかる。その間に何もしなくていいわけではないので施策を詰め込み、「やっていないことが悪」と捉えられると、施策実施が先行して「トレンディ人事」の状況になってしまう、ということですね。 

山中氏 はい。ただ、この課題は乗り越えられるとも思っています。HRの施策は「効果が出るまで10年かかる」とよく言われますが、これは結果指標だけを追うからです。重要なのは、望ましい行動を明確にし、その行動数や質を計測すること。売上だけを追ってアポイント数を見ない営業組織はありませんよね。 これを計測せずに「マネジメント研修をしました。満足度は4.8点です」と言っても、離職率などの最終的な結果が出るのはかなり先の話です。研修を受けて、望ましい行動がどれくらい現れたのか、その変化を上司が評価スコアとして数値で追いかけない限り、絶対に変わりません。ですから「10年かかる」という議論は、煙に巻いているだけだと思っています 

行動に寄与する形で施策設計までしなければ、施策に対する評価が成り立たないのです。その接続ができない限りはROI(投資収益率)を語る前提にすら立てていない、というのが個人的な見解です。 

岸川 実行のフェーズで、設計とその進捗確認が重要であると。アンケートによる満足度よりも、「行動に落ちている変化値」を見ることが重要になってくるのですね。 

組織における「憲法・法律・警察」をつくり、機能させる 

岸川「どのような行動をしてほしいのか」という組織の判断基準について、noteではこれを「憲法・法律・警察」に例えてお話されていました。 

山中氏:はい、改めて解説します。国の統治になぞらえると、憲法(その国における理想の状態)、法律(具体的な判断基準)、そして警察(判断・行動の取り締まり機能)が必要です。しかし、企業では、法律(=人事評価制度や表彰制度)だけが増えて、警察(実際の判断・行動のモニタリングと取り締まり)が不十分で可視化されていないということが多く起こっています。 

行動のモニタリングが重要という視点に立つと、一気に全てを変えようとしすぎることも問題だと感じます。例えば、人事評価制度を抜本的に変えることで自発的な行動を期待しても、簡単にそうはなりません。行動を変えるためのポイントを1つか2つに絞れば計測できますが、10個も100個も変えようとすれば計測は不可能です。 

理想状態から施策を考えれば理想状態になるわけではありません。HRの世界では「最大理想を追いかける」ことが良いとされがちです。警察にも取り締まることができるキャパシティがあるように、組織にも変えられるキャパシティがあるはずです。 

岸川 まさにその通りで、理想と現状のギャップが大きければ大きいほど、変化の推進は苦しい道のりになります。特に大企業では、経営層が大きな絵を描いて全体を動かそうとする力学が強いため、このギャップが大きくなり、現状維持に陥りやすい構造があります。 

多くの企業で、本社や管理部門、経営層の意図はあっても、現場がついてこないという課題があります。実行可能な状態に落とし込めていない、あるいは一気に変えようとしても火がつかないのです。 

山中氏 つまり実現したい判断・行動と一貫した施策を行うことに加えて、実行可能性を正しく検討することが重要であり、会社が定めている方向性(憲法)と施策(法律)が一貫しているかどうか」「判断・行動の基準として施策(法律)が実行されているか」にかかっていると考えています。 

岸川 まさに、noteでも説明されていた「接続の壁」と「実行の壁」ですね。 

山中氏失われた30年の中でも伸びている会社は、人・組織に対する取り組みの基準が明確で、一貫しています。ダイキン工業の井上氏が「戦略二流、実行一流」と表現されたように、人・組織に対しても実行力への投資を惜しみません。このように意思決定が一貫している会社ほど、時価総額も伸びています。エンゲージメントスコアが上がったのに株価が下がったり、売上が下がったりする会社が多いのは、経営戦略と人事施策が繋がっていない、つまり「接続の壁」と「実行の壁」を超えられていないからです。 

「ノー」が言えない人事から、経営と対等に向き合う人事へ 

山中氏 日本HRBP協会で代表理事をさせていただいている関係で、HRBPを設置している会社のインタビューをしているのですが、「HRBPを導入したばかりだが、もう辞めようと思っている」という話を聞いて衝撃を受けました。社長が「HRBPがいいらしい」という情報だけを聞いて導入したものの、ビジネスへの接続ができておらず、現場も求めていないため、HRBPが宙に浮いてしまい、人事の工数だけが増えてしまっていたそうです。こういった現象は、人事の仕事が「やらされ仕事」になっており、「ノー」と言える仕組みが人事側にないことが背景であり、大きな課題だと感じています。 

岸川 CHRO(最高人事責任者)など人事領域のトップが、人事のことだけでなく、経営を理解していないと、経営層と対等に話せず、描くべきビジョンが描けない。人事機能が、経営目標の「実行をうまくサポートする機能」と位置付けられている会社は苦しいでしょうね。 

山中氏その通りです。CHROや人事トップは、「人に関する判断基準を作る役割」でないと、経営層の要求を押し返すことはできません。例えば、ベースアップの際、人事責任者が「本当にベースアップで良いのか?昇格幅で対応するという判断もあるのではないか?」と経営層に問いかけられる会社は強いと感じます。

“経営戦略に基づいた判断”と”行動”の一貫性が強いカルチャーをつくる 

岸川 山中さんは、「トレンディ人事」の対策として「解決策と判断を一貫させる」という主張をされています。人事が役割として判断を下せるようなり、起こっていることに対して、良いものは良い、悪いものは悪いと働きかける必要がある、ということですね。 

山中氏 そうです。それを一貫させ、そして現場の一人ひとりが「これをやるべきか、やめるべきか」が分かり、「やれば得をする、やらなければ罰される」という経験を通じて学習していくようなところまで解決策と判断と実行が連動していないと、なかなか組織は変わりません。こうやって築かれるのが「企業カルチャー」です。 

カルチャーとは、特定の状況で「うちの会社ではこうだよね」と無意識に出てくる行動のことです。つまり、行動するための判断が徐々に変わり、当たり前の判断基準が変わっていった時に、はじめてカルチャーが変わります。例えば、「コスト削減が当たり前」という会社と、「新しいものを生み出す精神が大事」という会社は、判断が異なるため全く違うカルチャーになります。 

カルチャー変革のためには、やはり判断基準を整備し、行動の変化の計測に注力するべきです。どれだけ素晴らしい研修を行っても、現場の判断基準が「コストをいくら削減したか」であれば、新しいビジネスの種は生まれません。 

岸川 弊社でも、企業のカルチャー変革をご支援する中で、カルチャーを「当たり前の行動基準」として定義しています。意図的に変えていくには、解決策と判断、そして実行レベルで良い/悪いを明確にすること、そしてその判断基準でコミュニケーションを変えていくことが重要だと感じています。 

山中氏 その通りです。例えばキャリア自律に関して、「新しい経験を積みたい」と言った社員が「裏切り者」と言われたら、もう挑戦したいとは思わなくなるでしょう。行動分析学でも言われているように、自分の行動の後に起こる相手の行動によって、行為者のその後の行動が変わります。そのチューニングまでやらないと、カルチャー変革は難しいです。 

岸川意図的に変えようと決めた行動を行った際に、意識的に「ナイスアクションだね」「素晴らしいね」と小さな成功体験にしたり、「それはだめだね」と基準に戻したりできるかが重要ですね。成功体験がないと「やっても無駄だ」となりますし、やってはいけないことが放置されていれば、ルールがあっても取り締まられない状態になります。実運用のレベルまで落とし込むことが一番大事で、そこには体力も覚悟も必要になります。 

AIは、判断のための材料集めやスピード・効率化を大いに支援してくれますが、最終的に覚悟をもって一貫した判断をし、それを実行するという領域は人間にしかできない考えています。 

一貫した判断が実行に移っていないことは、役割や役職に関係なく、誰もが体感しているはずです。「うちの経営はそこまで熱がないから変わらない」「現場で変えようとしても人事がサポートしてくれない」といった声は尽きません。最終的には、一番責任を取れる社長がどう言うかに委ねられてしまいます。 

だからこそ、どんな役職・役割・領域においても、判断と行動のズレを見つけたときに「ノー」と言えることそして「ノー」と言った人を組織として重要視するべきです。山中さんの活動も、人事の仕事だけでなく、現場や、経営と現場を繋ぐ役割を重要視されていますね。人事だけではなく全社員が一貫した判断をし、それを組織として支えていくことが重要だと強く感じます。 

山中氏 まさにそうですね。だからこそ、判断基準は経営戦略に基づいて行われるべきだと考えています。経営層やマネジメント層が、「この戦略をやるためには、こういう人が必要で、こういう行動が必要だ」という方針と方法の両輪を持って初めて、戦略が機能し、事業が育ち、社会や顧客に貢献できるのです。 

岸川 経営戦略とずれた判断がなされるべきではないという点と、その判断と現状の実行ギャップがあればあるほど苦しい道のりであるという点は、多くのお客様をご支援する中で実感しています。経営層や人事が現場を知らないことが、このギャップを生む原因でもありますね。 

この「接続の壁」を埋めるために、最近有効と感じているのは、サクセッションプランの対象となっているような実行力のある現場のキーパーソンからヒアリングを行うことです。彼らに、今の組織が目指す理想と現状のギャップについて記述式で書いてもらい、さらになぜその考えに至ったのか具体的な事象を元に理由を書いてもらうと、現場のリアルが浮き彫りになるのです。これはエンゲージメントサーベイでは出てこない情報です。さらに、会社として期待している将来の幹部候補、実績のあるキーパーソンからの意見は、経営層に危機感を与えるきっかけに繋がりやすい。集約した意見を元に、制度と実行のズレを確認しチューニングしていくアプローチは、非常に本質的だと感じています。 

山中氏 まさに「本当に解くべき論点」ですね。そのように問いを立てて進めるアプローチは素晴らしいです。 

一つ一つの課題に対して「なぜ」「どうすればいいのか」「どういう理解でそうなったのか」を深く掘り下げていくと、それが最終的に経営改善に繋がります。創業者が率いる組織では、トップがアート的な世界観で「こうだ」と示すことで行動が生まれますが、サラリーマン社長が増えて実行者がトップに上がってくる形になると、このようなアート的なアプローチは難しくなります。だからこそ、実行性のある現場感を統合し、「解くべき論点」を見つけるアプローチが非常に重要です。 

「解くべき論点」とは、重要度が高く、かつ緊急度も高いもの、あるいは緊急度は高くないが重要度が高いものです。今のHRの論点は、上から降りてきたゆえに緊急度が高いとされているものが多いため、一度「本当に解くべき論点って何だっけ?」と立ち止まることで、重要度を見極め、適切な意思決定ができるようになります。重要度が高くても、派手ではないため後回しにされがちな課題に取り組むことは、本質を追求するHRになるために不可欠です。課題が山積している中で「解くべき論点」を設定できないと、「トレンディ人事」になってしまうと感じています。 

自組織の中だけでは、社長が持ってくるトレンドに反応しがちなので、そのようなときに私たちのような外部の存在を頼っていただけるといいと思います。 

人事の“忙しさ”は、効率化では解決しない。本質的な課題解決に向かうための一歩 

山中氏:人事の方々が「忙しいから」と言って、業務効率化のためにプロダクトを導入しようとしますが、忙しさの原因はそこではないと感じます。企画して実行し、アフターフォローに追われ、さらに新しいことをやらなければいけないという、人事施策の多産多死モデルが、人事の忙しさの根本原因なのです。 

岸川 まさにその通りですね。弊社がカルチャー変革をご支援する際も、「効率化」をテーマに検討されるプロジェクトは、たいていうまくいきません。むしろお止めすることが多いです。どのような判断をすべきで、どのような行動を称えるべきかを明確にすることが第一ステップです。このアプローチは、効率だけを求める人には響きませんが、本当に何かを変えたいという危機感や熱量を持っている人には刺さります。「急がば回れ」ですね。 

山中氏一つ一つが積み上がっていくことをしたいのか、それともジェンガのように抜き続けて壊れるまでやりたいのか。積み上げていけば資産になります。そのイニシャルコストを大変だと捉えて後回しになると、結果的に「トレンディ人事」としてバタバタ忙しい状況を過ごすことになるのではないでしょうか。 

この記事を通して、うちもトレンディかもと気づくきっかけになってほしいと願っています。 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

この連載の記事一覧

UNITE powered by Uniposをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む