独自カルチャーで「組織拡大の壁」を突破するfreeeの哲学
2026.02.18
目次
急成長を遂げるベンチャー企業において、拡大のスピードと組織の安定を両立させることは容易ではない。社員が増えるにつれ、ミッションやバリューが形骸化してしまうこともある。
多くの企業が「組織スケーリングの壁」に直面する中、独自のカルチャーを育みながら急成長を続けているのが、「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げるフリー株式会社(以下、freee)だ。
同社の組織づくりを牽引してきたCHRO川西康之氏は著書の中で、組織づくりには「組織内のあらゆる制度や施策を、ミッションとカルチャーを軸に、矛盾亡く整合させること」が必要と語る。急成長の根幹を支えるカルチャーをどのように醸成し、組織に浸透させてきたのか、川西氏に伺った。
Profile

川西康之 氏
フリー株式会社 専務執行役員 CHRO
1983年生まれ。フリー株式会社専務執行役員CHRO。東京大学法学部在学中に起業し、以来10年以上にわたり、Webマーケティング会社、システム開発会社、総合型スポーツクラブなどの経営に携わる。2016年にフリー株式会社へ参画。社員数が約100名の成長初期段階において、事業拡大の要として活躍し、現在の約2000名規模の組織への飛躍を主導。2024年3月まで、ビジネス領域の最前線で代理店開拓営業からビジネス全体を統括する役員までを歴任。事業戦略の策定と実行において卓越したリーダーシップを発揮し、同社の急成長を支えた。2024年4月からはコーポレート組織担当役員に就任し、人事、財務、法務などの経営基盤の強化を推進。ビジネスとコーポレート双方の領域における豊富な知見と経験をもとに、全社的な視座で組織を牽引している。現在、専務執行役員CHROとして、持続的な成長を実現する企業文化の醸成と組織力の向上に尽力している。
「ジャーマネ」「マジ価値」。独自の「freee語」でカルチャーを浸透
――freeeがカルチャーを重視している背景を教えてください。
大前提として、我々にとってカルチャーを重視することは「目的」ではありません。freeeが掲げる「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを実現するために、一定の考え方や価値基準を共有することが不可欠だと考えているからです。
その背景には、個々の社員がスピード感を持って意思決定できる組織でありたいという明確な狙いがあります。
現在はAI化など外部環境の変化が極めて激しい時代です。これに負けないスピードで会社自体も変化していくためには、現場の一人ひとりが自律的に物事を判断し、進めていかなければなりません。
しかし、個々が自律的に動いた結果、会社としての方向性がバラバラになってしまっては本末転倒。そこで、全員が同じ基準で判断を下せるようにするための「共通の物差し」として、価値基準やカルチャーが必要なのです。
もちろん、同じ方向を向くといっても、全員が同じ考え方をするべきだという話ではありません。多様性はもちろん大切です。
ただ、それは「ランダム」とは違います。方向感を持ちながら、それぞれが自律的にスピーディに意思決定していく。その共通の「方向性」を示すものがカルチャーだと考えています。

――freeeにはどのようなカルチャーがあり、どれくらい浸透しているのでしょうか?
freeeのカルチャーを象徴している一つが、評価の基準です。実は私自身、入社直後に強烈な体験をしています。
当時、私は初めての評価タイミングで、定量的な成果では誰が見てもすばらしい結果を出しました。
しかし、当時の「ジャーマネ」(上司)からのフィードバックは「物足りない。期待値に達していない」という厳しいものでした。そして、「成果が良いのはわかるが、freeeらしいやり方で、freeeの価値基準を使って成果を出さないと意味がない」とはっきり告げられたのです。
この出来事は、私にとって大きな衝撃でした。「ビジネスは結果を出すだけではダメなのか」とはっきり突きつけられたからです。
我々が大事にしている考え方を体現しながら成果を出さなければ、活躍もインパクトも長く続かない。これがfreeeの評価における共通認識であり、カルチャーが浸透している象徴だと思います。
――先ほど「ジャーマネ」という言葉が出ましたが、これは上司のことですよね?
はい、freeeでは上長のことを「ジャーマネ」と呼んでいます。こうしたfreee独自の言葉は社内にたくさんあって、日常のコミュニケーションに深く根付いています。
たとえば、「マジ価値」という概念。これは「ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする」という意味で、freeeという組織を「マジ価値を届けきる集団」と定義しています。
会議や業務のやりとりの中でも、「それって本当に『マジ価値』なの?」といったやりとりがされ、日々の意思決定の指針になっています。
ほかにも、理想から考え、現在のリソースやスキルにとらわれずに挑戦することを「理想ドリブン」、オープンにフィードバックしあうことで一緒に成長することを「あえて共有(あえ共)」と言います。「『理想ドリブン』で考えるとどうなる?」とか、「みんなの参考にになるから、ぜひ『あえ共』してよ」といった使い方をしています。
こうした価値基準を表す言葉が日常的に飛び交っていることが、カルチャーが組織のすみずみに行き渡っていることの現れだと思います。
カルチャー形骸化を防ぐには、価値観と制度・事業を一致させる
――「freee語」もカルチャーを浸透させる工夫の1つだと思いますが、ミッション・ビジョン・バリューをつくっても社内に浸透せず、形骸化に悩む企業が多いと思います。freeeで定着している理由はどこにあるのでしょうか。
カルチャーを形骸化させないためには、ミッションや価値観が「2つの経路」で矛盾なく設計されていることが重要だと考えています。
1つは、社内の人事制度や組織ルール、言葉を含めた運用が一貫していることです。
先ほどお話しした「ジャーマネ」という呼び方もそうですし、普段のコミュニケーションでも「○○部長」ではなくさん付けやニックネームで呼ぶようにしています。
なぜなら、freeeには「フラットであることが大事」という価値観があるから。この考え方を制度面でも日常の運用面でも徹底しているからこそ、「これは本当に大事なんだな」と社員に伝わり、形骸化しないのだと思います。
もう一つは、実際のビジネスモデルと整合していることです。freeeのビジネスモデルは、お客様に長く使い続けていただくことで価値が最大化され、その結果が我々の収益につながります。
つまり、「マジ価値」を追求し、お客様に嘘をつかないことがそのままビジネスの成功に直結する構造になっているのです。
逆に、きれいな言葉を掲げながらも「現場では売上さえ上げればいい」といった矛盾が許される状況だと、カルチャーは一気に形骸化します。ビジネスモデルと人事評価、その両軸で矛盾を生まない設計が不可欠です。

――freeeは従業員数が増加し続けており、現在は2000名が所属してます。組織が大きくなってくると、カルチャーの共有が難しくなってくるのではないでしょうか。
そこで独自用語が効いてきます。組織が大きくなるにつれ、「本部長」「執行役員」といった肩書きも必要になってきましたが、我々は堅苦しさやを排除したくて、あえて「船長」「団長」といった砕けた呼び方にしました。
当然、新入社員や中途採用の方は最初は戸惑いますし、「freee語を使うのが恥ずかしい」という声もあります。しかし、世の中で一般的に使われている言葉をそのまま使うと、我々が本当に伝えたい意味とずれてしまうのです。
たとえば、「マネージャー」という言葉には、どうしても「偉い人」「管理する人」というニュアンスがついてくる。それはfreeeが定義している「メンバーの可能性を引き出す支援者」というリーダーの役割とは異なってしまいます。
freeeが大切にしたい価値観や役割をノイズを入れずに正確に届けるために、独自の言葉を使うことに、大きな価値があると考えています。

――新入社員がfreeeのカルチャーに馴染むためのサポートはあるのですか。
入社時のオンボーディングは充実させています。特に力を入れているのが、「価値基準オンボーディング」です。
2時間のワークショップを2回実施し、「この価値基準について自分はどう思うか」などをグループで議論してもらいます。それぞれの価値基準が生まれた背景やエピソードを深く理解してもらうことが狙いです。
また、「あえ共」のカルチャーも、新入社員の心理的安全性を高める装置として機能しています。先輩社員が、「自分は入社当初、こういうところでつまずいた」「最初は『ジャーマネ』という言葉を使うのが恥ずかしかった」といった自身の失敗談や葛藤を積極的に開示しています。Slackで「入社1年目の大変だったこと」をドキュメントにまとめて公開している社員もいますね。
ただ、会社として最大限のサポートは尽くしますが、最終的には本人がどれだけ努力できるかにかかっています。
私はよく、カルチャーを「会社に吹いている風」にたとえます。カルチャーにフィットしていれば、それは追い風となって、実力以上の成果やインパクトを出しやすくなります。一方で、過去のやり方に固執してアンラーニングできずにいると、常に向かい風の中で無理やり頑張る状態になります。これは、いわば「下りのエスカレーター」を必死に登っているようなものです。
こうした状況に陥っているメンバーには、「ジャーマネ」からのフィードバックや周囲の「あえ共」をきっかけにして、自分が今逆走している事実に早く気づいてほしいと考えています。そして、自らの意思で「上りのエスカレーター」に乗り換える努力をしてもらう。
この軌道修正のスピードこそが、急成長組織で活躍し続けられるかどうかの分かれ道になると考えます。
人事評価のすり合わせを徹底し、「判例」を蓄積する
――社員数が増えると、評価の一貫性を担保することも難しくなると思います。部署やチームのリーダーによる評価のバラつきをなくすための工夫はありますか。
評価のバラつきは社員が200〜300名ぐらいのときに、特に顕著になった課題でした。ある「ジャーマネ」は「この人を昇格させたい」と考えている一方で、別の「ジャーマネ」は「いや、それは甘いよ」と言う。人によって基準が異なる状況でした。
これを解決するために徹底したのが、異なるジャーマネが評価を持ち寄って基準を揃える「キャリブレーション」のプロセスです。人事領域では一般的な手法ですが、我々の場合はその徹底度が違いました。
評価は3ヶ月に1回なので、約2年かけて、評価のたびに毎回激論を繰り返しました。「この等級で次のステップに進むには、具体的にどんな要件を満たす必要があるのか」を、公式の定義とは別に、より具体的な運用レベルで言語化していったのです。
――長い議論を経て、具体的な運用に落とし込んでいったのですね。
我々は会社の価値基準を「憲法」、人事制度を「法律」と捉えています。しかし、これらはどちらも抽象的なものであり、現場で起きる具体的な事象のすべてをカバーすることはできません。
そこで重要になるのが、現場の運用を通じて積み上げられる「判例」です。
「以前これくらいの成果を出した人に対しては、こういう方針で評価を運用した」という実例を一つひとつ言語化し、蓄積していきました。
2年間にわたる泥臭いキャリブレーションを経て「判例」が十分に溜まった結果、現在では評価における新しい論点はほとんど出なくなりました。今や、評価事案の約9割は過去の判例に照らし合わせることでスムーズに判断できています。
組織が小さいうちにこのコストを払って「判例」を作っておくことは、将来の組織拡大に向けた極めて重要な投資です。1000人、2000人規模になってからこの作業を始めようとしたら、途方もない労力になっていたと思います。

社員が「ドリームジョブ」と思える職場をつくりたい
――最後に、川西さんがfreeeのCHROとして大切にしている哲学を教えてください。
私は「ドリームジョブ」という言葉を非常に大切にしています。たとえば、スポーツを愛する人にとって、アメリカのNBAやMLBのビジネスに携わることはまさに「ドリームジョブ」でしょう。freeeで働くことが、社員にとって「夢のような仕事をしている」という実感につながる状態を作りたいと願っています。
そのために、ミッションである「スモールビジネスを、世界の主役に。」の実現に向け、社員一人ひとりが高い志とやりがいを持って働ける職場を目指しています。 いわゆる「やりがい搾取」ではなく、高い報酬を得ながら、心から価値があると思える仕事ができる。この両輪が揃った職場環境を構築することがCHROの役割です。
ただし、今はまだ道半ばです。やりがいの実感には人によるばらつきがありますし、報酬の面でも「ドリームジョブです」と胸を張れるほどの水準ではないかもしれません。お客様に対して提供している価値の面でも、「freeeが世の中を変えている」と全員が確信できるまでにはまだ程遠いのが現実です。
ゆくゆくはこれらを満たして、「freeeは夢の職場なんだ」と言えるようにしていきたいです。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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