
【後編】現場からカルチャーをつくり、競争力を高める方法
2023.04.13
日本企業がイノベーションを起こし、成長していくために必要不可欠なのが、現場の視点に立った組織風土改革だ。健全な組織風土、カルチャーがあってはじめて、挑戦できる組織文化が生まれる。
では、現場の生産性を高め、組織の風土改革をしていくために、企業はどのように取り組んでいけばいいのだろうか。前編に引き続き株式会社シナ・コーポレーションの遠藤功氏に、風土改革を実践する具体的なポイントを聞いた。
Profile

遠藤功 氏
株式会社シナ・コーポレーション 代表取締役
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2006年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を務めた。2020年6月末にローランド・ベルガー会長を退任。同年7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動している。多くの企業で社外取締役、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。
SOMPOホールディングス株式会社社外取締役。株式会社ネクステージ社外取締役。株式会社Epsilon Molecular Engineering社外取締役。株式会社ドリーム・アーツ社外取締役。株式会社マザーハウス社外取締役。三菱電機株式会社、住友林業株式会社、ソシオークホールディングス株式会社などの顧問を務めている。

「カルチャー」を経営のど真ん中に据える(東洋経済新報社)
15万部を超えるロングセラーである『現場力を鍛える』、『見える化』(いずれも東洋経済新報社)をはじめ、『生きている会社 死んでいる会社』、『現場論』(いずれも東洋経済新報社)、『新幹線お掃除の天使たち』(あさ出版)、『ガリガリ君の秘密』(日本経済新聞出版社)など、ベストセラー書籍多数。
「深化」と「探索」、どちらもイノベーションが必要
企業が成長していくために重要となるのが健全な組織風土だ。今後5年、10年先を見据えた持続的な成長に向けて、組織風土の改革に取り組む企業が増えている。しかし、遠藤氏は、「実際に風土改革を実践できている日本企業は、そう多くない」と指摘する。
「多くの日本企業がこれまでトップダウン型で運営されてきたために、現場が置き去りになってしまっているケースがよく見られます。どんな企業であれ、価値を生み出しているのは現場です。組織の風土改革を進めていくにあたっては、現場が主体性を取り戻すことが大切。社員が自ら動いていく組織風土を生み出すことから始めなければなりません。そのためにも、まずは会社が本気で変わろうとする姿勢を見せることが必要です」(遠藤氏)
では、具体的にどのように風土改革を進めていけばいいのだろうか。まずは、特定の部門だけではなく、会社全体をイノベーティブな組織に変えることが必要だ。
イノベーションを起こそうとする企業では「両利きの経営」を目指している企業が多い。主力である既存事業をもとに「深化」させながら、新規事業の実験を繰り返して「探索」を進めていくことで、バランスを取りながら経営していく考え方だ。しかし、実際には、レガシーの古いものと新しいものをいかに両立させていくかは難しい経営課題であると言える。
これについて遠藤氏は、「『深化』と『探索』とありますが、実は両方ともイノベーションです」と語る。
「既存事業であっても、これまでの延長線上ではなく、新しいことにチャレンジしていかなければ現状を維持することもできません。これはまさにイノベーションです。『深化』とは言っても既存のものを守ればいいわけではなく、既存のものほど攻める姿勢が必要なのです」(遠藤氏)
新規事業だけでなく、既存事業においてもイノベーションに取り組んでいかなければならない。その中で得た気づきから新しいものが生まれていく。つまり、「深化」と「探索」はつながっているのだ。
そうなると、それを実践する組織の風土やカルチャーは共通したものでなければならない。よく、既存事業と新規事業の組織をわけて、中途で採用したイノベーティブな人材を新規事業の組織だけに集める企業がある。しかし、既存事業と新規事業の両方でイノベーションをもたらすためには、会社全体のカルチャーを変えていくことが大切なのだ。
自律したうえで、連携する
では、どのような組織を目指すべきなのか。遠藤氏がキーワードとして挙げたのが、「自律」と「連携」だ。
日本企業らしい特徴であり、グローバル競争で優位に立つために必要な強みとも言えるのが「連携」だ。しかし、チームで何かに取り組むことは得意である一方で、多くの日本企業に足りてないのが「自律」だ。
「自律と連携、どちらも大切です。この2つがうまく両立するカルチャーをつくることができれば、日本企業の生産性はさらに高まり、結果としてイノベーションにつながっていきます」(遠藤氏)
自律と連携の両立を実現している組織の事例として遠藤氏が挙げたのが、かつて自身が所属したボストン・コンサルティング・グループ(BCG)だ。
当時のBCGでは『Unity from Diversity』というスローガンがあったという。日本語だと、「多様性を担保しながら連帯を生んでいく」という意味だ。30年以上前からこうした考え方がアメリカのエクセレントカンパニーには根付いていたのだ。
「日本企業も最近になって、この点の重要さに気がつきはじめました。まずは多様な個人が自律すること。そのうえでチームとしての連帯を深めていく。これがあるべきカルチャーなのだと思います。日本企業が持っている連携を活かしていくためにも、個の自律を促していくことが大切です」(遠藤氏)
個の自律を促すための施策の1つとして、社員の成長につながる学びの機会を提供していくことが挙げられる。しかし、会社がこうした機会を用意したとしても、能動的に取り組む人もいれば、受け身の姿勢の人もいるだろう。
前向きに取り組む社員を増やし、カルチャーをポジティブなものに変えていくためには、何が必要なのだろうか。遠藤氏は「発信が大事」だと言う。
「刺激を受けた人が社内で率先して発信していく。それによって、また誰かが刺激を受ける。こうした良い循環が生まれると、組織全体に変化の波が伝播していくはずです」(遠藤氏)
対話を通して、変化を支援する
米国企業と異なり、日本企業ならではの事情として、社員を簡単には解雇できない点が挙げられる。米国ではカルチャーが合わないと感じた人間は自分から企業を去っていくし、企業側からもレイオフできる。日本企業の場合、組織を変革しようとするときは、既存の人材にも変わってもらうことが必要不可欠だ。
自律性を高め、主体的に行動することを社員に求めていく過程では、なかなか変われない、自律ができないといった社員もいて、二極化する時期もあるだろう。これに対して、企業はどのように向き合っていくべきなのか。
遠藤氏は、「まずは一人ひとりが力を発揮できる環境をつくり、会社としてサポートしていくことが大事です」と語る。また、もう1つ大事なのが1on1の実施だ。
「受け身になりがちな社員の中には、自分自身が会社にどう貢献していくかが見えなくなっている社員もいます。そういう場合は、1on1のミーティングを通して社員個人のパーパスと会社のパーパスをシンクロさせていく。マイパーパスを見つけるサポートをしながら変化を促していくのです」(遠藤氏)
また、1on1というと上司が部下の面談をするのが一般的だが、遠藤氏は「部下から上司に声をかけたり、同僚同士で実施したりするのも効果的です」と語る。
「日本企業はコミュニケーションが圧倒的に足りません。やっているつもりかもしれませんが、まだまだです。日常的にコミュニケーションを取ってお互いを知るということをもっと意識したほうがいいと思います」(遠藤氏)
中には、会話はそれなりにしているつもりでも、対話ができていないというケースもある。上司からの一方的な会話で終わってしまうと、社員の自律を促すことにはならない。日々のコミュニケーションの総量を増やすことが、カルチャーの変革につながっていくのだ。
何よりも大事なのは本気になること
組織の風土改革を進めるうえで、現場とトップの温度差が出てしまうことがある。トップが変革を掲げていても現場にそれが伝わらなかったり、トップが口では言うもののそれほど本気ではなかったりするケースだ。
しかし、組織の風土を変革するためには、何よりも企業のトップが本気であることが重要。そして、現場に寄り添い、現場に何度も顔を出し、自身の言葉で徹底的に現場に伝えていくことが必要だ。
「トップが本気で変わろうとすれば、多くの社員にも伝わり、『変わらなければ』という意識が生まれます。そのフェーズになると、社員から主体的に『これはおかしいのでは?』『ここを変えませんか?』と意見が出てきます。自分たちで変えていくという気持ちが生まれるのです」(遠藤氏)
遠藤氏はある大手企業の副社長の事例を紹介した。現場力を重視するその副社長は、自ら現場のリーダーに向けた研修を頻繁に実施していたという。「あるとき、経営会議と研修の日程で重なってしまったときに、『未来の人づくりの方が優先順位が高い』と言って経営会議を欠席し、研修に行ったそうです。トップが現場に寄り添い、本気で人材育成に向き合う姿勢はすばらしいですよね」と遠藤氏。
組織風土を変革していくためには、トップが本気で率先して変革を進めていくことがもっとも大事であり、効果的なのだ。
風土改革をやり遂げるには、仲間づくりがポイント
現場に変化を促していくためには、トップがビジョンをしっかりと語ることも重要だ。現場で働いている人は、目の前の仕事に追われていることが多い。その中で、「自分たちは何のために働いているのか」「どんな役割を担っているのか」に気づくことができれば、気持ちや行動が変わっていくこともあるだろう。
だからこそ、トップや人事は積極的に自社の考え方や取り組みを社内に向けて発信していくことが重要だ。そのうえで、自分から主体的にチャレンジする人に対して称賛することも忘れてはならない。発信と称賛を繰り返すことで、新しい組織文化、カルチャーは着実に根付いていくはずだ。
「自分たちで変わろうとしている改革派の人たちが組織の2割程度の場合は、抵抗勢力に負けてしまうかもしれません。ところが、5割を超え、マジョリティになれば、改革派が主流になります。それによって、間違いなくカルチャーは変わります。そのためにも、まずは仲間を1人ずつ増やしていくしかありません。組織の風土改革を確実にやり遂げるポイントは、粘り強い仲間づくりなのです」(遠藤氏)
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