田中弦が語る、2023年度 人的資本経営まとめ&未来予測
2023.12.22
Unipos代表の田中です。
「資本主義をアップデートするアドベントカレンダー」に参加させてもらえることになりましたので、私は「人的資本開示元年総まとめ」を書こうと思います。
Profile

田中 弦
Unipos 代表取締役社長CEO
1999年にソフトバンク(株)インターネット部門採用第一期生としてインターネット産業黎明期を経験。その後ネットイヤーグループ、コーポレートディレクションを経て、2005年ネットエイジグループ(現ユナイテッド社)執行役員。2005年アドテクとインターネット広告代理店のFringe81株式会社を創業。2013年3月MBOにより独立。2017年6月に東証マザーズへ上場。
2017年に社内人事制度「発⾒⼤賞」から着想を得たUniposのサービスを開始。2021年10月に社名変更し、Unipos株式会社 代表取締役社長として個人の人的資本を発見し組織的人的資本に変えるUniposの提供を中心に活動。
「人的資本経営専門家」として経営戦略と人事戦略を紐づけるための「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」の公開や3500以上の人的資本開示情報を読み込んで導き出した独自の見解を数多く発信。多くのメディアから注目を集め、新聞・雑誌・テレビなどへの出演多数。「心理的安全性を高める リーダーの声かけベスト100(ダイヤモンド社)」著者。
開示元年はここからスタートした
さて、時を遡ること約1年前の2022年11月7日に、金融庁より「企業内容等の開示に関する内閣府令」が発表され、パブリックコメントを経て、1月31日に2023年3月期の有価証券報告書の開示から、全ての上場企業に対し、人的資本に関する戦略や目標の開示が義務付けられました。
以下のような文言で発表されています。
(30-2) サステナビリティに関する考え方及び取組
c 人的資本(人材の多様性を含む。)に関する戦略並びに指標及び目標について、次のとおり記載すること
(a)人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針(例えば、人材の採用及び維持並びに従業員の安全及び健康に関する方針等)を戦略において記載すること
(b) ⒜で記載した方針に関する指標の内容並びに当該指標を用いた目標及び実績を指標及び目標において記載すること
ここで重要なのは、人的資本経営の状況につき、戦略を示し、指標を用いて「目標と実績」を開示しましょう、となったことです。初年度は準備期間がなかったということもあり、目標と実績の開示は全体から見ると非常に少ないものとなりました。
また、女性活躍推進法に基づき、女性管理職比率・男女賃金格差・男性育休取得率の項目開示も義務付けられました(女性活躍推進法の開示義務に基づき公表する場合において)。
女性活躍推進法に基づく、有価証券報告書への記載義務化も、今年度からでした(女性活躍推進法による公表義務化は、これまでも存在していました)。以下の文言を見ていただくとわかると思いますが、女性活躍推進法において公開義務が発生しない企業は省略が可能です。常時雇用者が101名以上300名以下、301名以上でも異なります。詳細はこちらの厚生労働省のウェブサイトが詳しいのでご確認ください。
この箇所が実はデータ処理という意味においては複雑さが増した箇所でもあります。理由は、
- 単体開示、連結開示、集計対象不明と、開示状況が入り乱れる
- 300名以下、特に100名以下の場合、開示義務項目は少なくなる
という2つが要因となり、「様々な定義のデータが混在する」ことになってしまったのです。つまり、とある企業では子会社を連結して開示しているのに対し、とある企業では300名以下の企業は一部データのみ、100名以下の子会社においては開示しない、といった具合に、対応がわかれました。海外子会社を持つ場合にはデータ取得の問題からも、初年度に完璧にすることは難しかったでしょう。これは初年度なので致し方ない点もありますが、横比較が難しくなってしまったことにより、上場企業全数での財務諸表との相関分析等が、非常にしにくいことが現実となりました(例:男女賃金格差とPBRの相関分析など)。よって女性活躍まわりのデータ分析は、一部を切り取るか、膨大な時間をかけたデータクリーニングや自主調査が必要となってしまっています。課題はありますが、来年度は開示ガイドラインなどの改正が行われ、海外子会社の取り扱い等のルールを定めることにより現場の負担を軽減しつつ、ある程度データが横比較しやすいようになり、上場企業全数調査ができるといいなと願います。
女性活躍推進法まわりの有報開示については、以下のような文言で発表されています。
(29) 従業員の状況
d 最近事業年度の提出会社及びその連結子会社それぞれにおける管理職に占める女性労働者の割合(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律に基づく一般事業主行動計画等に関する省令(平成27年厚生労働省令第162号。e及びfにおいて「女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画等に関する省令」という。)第19条第1項第1号ホに掲げる事項をいう。以下dにおいて同じ。)を記載すること。ただし、提出会社及びその連結子会社が、最近事業年度における管理職に占める女性労働者の割合について、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号。e及びfにおいて「女性活躍推進法」という。)の規定による公表をしない場合は、記載を省略することができる。
e 最近事業年度の提出会社及びその連結子会社それぞれにおける男性労働者の育児休業取得率(女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画等に関する省令第19条第1項第2号ハに掲げる事項のうち男性に係るものであって同条第2項の規定により公表しなければならないものをいう。)を記載すること。ただし、提出会社及びその連結子会社が、最近事業年度における労働者の男女別の育児休業取得率(同号ハに掲げる事項をいう。)について、女性活躍推進法の規定による公表をしない場合は、記載を省略することができる。
f 最近事業年度の提出会社及びその連結子会社それぞれにおける労働者の男女の賃金の差異(女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画等に関する省令第19条第1項第1号リに掲げる事項であって同条第2項の規定により公表しなければならないものをいう。)を記載すること。ただし、提出会社及びその連結子会社が、最近事業年度における労働者の男女の賃金の差異(同号リに掲げる事項をいう。)について、女性活躍推進法の規定による公表をしない場合は、記載を省略することができる。
g 連結子会社のうち主要な連結子会社以外のものに係るdからfまでに規定する事項については、「第二部 企業情報」の「第7 提出会社の参考情報」の「2 その他の参考情報」に記載することができる。この場合においては、その箇所を参照する旨を記載すること。
11/7の改正案の「2023年3月決算から開示対象です」には、IR担当者、HR担当者、経営企画など、有報開示に携わる方は、みなさんびっくりされたのではないでしょうか。私はびっくりしました。おそらく次の次の年度から開示義務化となり、1年ほど準備期間を経て施行になるのでは?という見方が、当時は多かったように記憶しています。それが2023年3月期の有価証券報告書から、という改正案でした。
ここから募集されたパブリックコメントからも、「早すぎるのではないか」「実務が追いつかない」「1年後でいいのではないか」といったコメントが多く見られました。
パブリックコメントの例)
サステナビリティ情報の開示について、2023年3月31日以降に終了する事業年度からの強制適用は厳しく、投資家の判断に資する情報の提供という点からは、少なくとも適用までには1年以上の十分な期間が必要である。
上場企業としてサステナビリティに関する情報開示が喫緊の重要課題と認識するものの、サステナビリティ情報は、単に内閣府令に示された開示にとどまらず、有価証券報告書に記載されたほぼ全ての定性的情報と強く関連するものになることから、短期間で対応しようとした場合、著しくその内容に整合性を欠くものとなって、投資者に対し却って誤った認識を与える、或いは不正確なものとなりかねない。また、現実問題として、資源・物価高騰による業績へのマイナス影響が深刻な中、短期間でこれに対応するためには、外部専門家の助力を得るしかなく、それがコスト負担になり、さらなる業績の悪化へ導くことが考えられる。したがって、スタンダード市場に上場する企業においては、適用時期が2023年3月31日以降に終了する事業年度になることは早すぎるのではないか。2023年については早期適用が可能とし、2024年からの強制適用を目指すべきである。
こういったパブリックコメントに対し、金融庁は以下のようにコメントしました。
今回の改正では、細かな記載事項は規定せず、各企業の現在の取組状況に応じて柔軟に記載できるような枠組みとしております。 例えば、2021年6月に施行された改訂コーポレートガバナンス・コードにより、プライム市場上場企業に対する気候変動対応に関する開示や、人材育成方針や社内環境整備方針の開示がス タートしており、企業の取組状況に応じて、これらの内容を有価証券報告書において記載することが考えられます。また、女性管理職比率等の指標については、女性活躍推進法等に基づき公表されるものを2023年3月期から有価証券報告書においても開示対象とするもので、有価証券報告書のために新たに集計が必要となる数値ではありません。 このように各企業の取組状況に応じて、まずは2023年3月期の有価証券報告書から開示をスタートいただき、その後、投資家との対話を踏まえ、自社のサステナビリティに関する取組の進展とともに、有価証券報告書の開示を充実させていくことが考えられます。
現場の悲鳴のような要望に対し、この回答はある種ドライにも見えますが、私にはかなり柔軟に「まずやってみよう、そこからトライアンドエラーも含め、全員で学びあおう」といったメッセージに感じました。
2022年の動きを俯瞰してみる
さて、今になって、改めて2022年の動きを見返してみると、11/7の改正案発表に向けて着々と発表されていました。3/24 ディスクロージャー・ワーキンググループでの議論、において、海外での開示実態や開示項目の議論が行われ、5/13 人材版伊藤レポート2.0発表、 7/25 人的資本経営コンソーシアム設立が発表され多くの大企業が加盟しました。また、8/30 人的資本可視化指針発表、8/31価値共創ガイダンス2.0発表が行われ、開示の具体的な指針や価値創造ストーリーへの人的資本項目の組み込みが提示されています。
今から振り返って思ってみると、2023年3月期からの開示は予想つきましたよね?くらい、周到な?準備がなされていた、「人的資本開示前夜」が2022年と言えるでしょう。
2023年、開示元年を振り返る
そして2023年。さっそく1/31にはパブリックコメントを受けた改正案が発表され、公布・施行。開示好事例集も発表されました。3月末決算の企業には突貫での開示対応が迫られました。
また、3/28にはリクルートワークス研究所から、未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる が発表されました。少子高齢化社会における未来予測で、2030年には341万人、2040年には1100万人の需給ギャップが予想されました。
目の前の開示で大変なことになっていたタイミングでのこの提示はさすがリクルートワークス研究所さん、と思いました。人口増社会では、ニーズがあれば人を採用することで売上を向上させることができました。人口減社会においては、ニーズがあっても人を採用することができず、稼働率が落ちる。こういった人手不足に対抗するための、人的資本経営を、経営戦略に組み込んでいく必要性を改めて、思い起こさせる素晴らしいリサーチでした。
そして6月。いよいよ3月末決算を経て、3月末決算企業の2325社あまりの企業が有価証券報告書における「初の有報での人的資本開示義務化」を経験することになりました。積極的に開示を行う企業と、消極的に様子見した企業と二極化が見られました。私田中とボランティアグループも、開示と同時に2300社の全件を読み込み、調査を行いました。
各種セミナー等でお話ししていましたが、改めて公開します。

まず格付けは6段階とし、1は今回義務付けされた社内環境整備や人材育成方針、人事戦略や目標が定かではなく、女性管理職比率または男性育休取得率などの最低限の開示に留まった企業、としました。1と2の違いは、エンゲージメントスコアや、その企業独自の独自指標が入っているか否か、としました。

全て目視で確認し、「全数であること」「プライム以外のスタンダードやグロース市場も対象にしたこと」がこの調査の特徴です。膨大な時間がかかっていますが、全数であるぶん、実態に近いのではないでしょうか。結果としては、約半数の企業が開示レベル1に留まり、時間の足り無という制約があったか、もしくは消極的様子見が多かったようです。
人的資本開示に何らかの工夫があった3以上の企業は全体の26.3%となりました。

今度は業種別に見てみましょう。
トップ3は保険業、銀行業、電気・ガス業となりました。このうち保険業と銀行業はまさに「人が命」の産業であり、さらに銀行の中で多くを占める地方銀行の開示レベルの高さが目に止まりました。地方は、すでに少子高齢化に伴う人口減、の課題がもう現実のものとなってきています。そのことからも、地方銀行の多くが、本来の銀行業とは異なるM&Aや事業継承のスキル人材が必要になってきており、こういった分野への新しい人的資本投資が必要なのです。また、DXの進化により、窓口業務等が大変革されてきた、という背景もあるでしょう。
逆にワースト3は、倉庫・運輸関連、不動産業、鉱業で、これらは倉庫や土地や鉱山などの固定資産が富を生む、となりやすい構造である産業です。産業構造的なものはあるとは思いますが、人が介在しないわけではないですから、人的資本経営への取り組みはこのような産業でも必須になると思います。
また、人が必須であるのに、1点台の産業もあります。例えば小売業、建設業、サービス業、証券業等です。これらの産業は人が必ず必要になってくるので、少子高齢化時代、人手不足時代、そして不安定な時代においては、人的資本経営は必須ではないか、その結果としての開示の必要性は高くなるのではないか、と考えています。

女性管理職比率については、比率自体の開示は女性活躍推進法という背景もあり、ほとんどの企業が開示されていました。しかしながら、女性管理職比率の目標開示率は57%に留まり、その中には、特に時期や理由は開示せず、「30%を目指す」といったもので、実態としてはさらに低いと言わざるをえませんでした。また、エンゲージメントスコア開示率は12%です。こちらも、厳密にはエンゲージメントスコアとは異なる、「従業員満足度調査」も含めての数字ですので、個人の持つ人的資本を発揮してもらうために必要な、組織風土やカルチャー等の開示は非常に少なかった、と言えます。

また、市場別に見てみると、プライム市場であっても34%が開示レベル1であり、スタンダードやグロース市場は約7割が開示レベル1となったことと比べるとプライム市場が良いように思えますが、元々コーポレートガバナンス・コードにおいても人的資本開示が求められていたプライム市場でここまで開示レベルが低く留まってしまったことは、想定外であったのではないでしょうか。いずれにせよ、「今シーズンはとにかく準備時間がなかった」事も事実ではありますので、じっくり準備を行い、来シーズンは適切な開示が求められると思います。そのためにも、私も多くのベストプラクティスを共有する活動はしていきます。
各社から、開示状況のリサーチが出揃う
6月〜年末にかけ、コンサルティングファーム等から一斉に人的資本経営や、人的資本開示についてのリサーチが発表されました。以下、皆様の示唆に富むリサーチをまとめておきますのでご確認ください(網羅できていないものもあると思いますので、もらしていたら教えてください)。
6/21 リクルートマネジメントソリューションズ、人的資本開示に関する実態調査
8/2 日本生産性本部、「有価証券報告書における人的資本開示状況」
8/8 日本総研、サステナビリティ・人的資本 情報開示状況調査(2023年度)
9/3 人的資本理論の実証化研究会、『人的資本の投資対効果』開示レーティング~有価証券報告書 日経225版~
10/3 人的資本経営コンソーシアムより、開示好事例集が発表
10/26 PWC、人的資本に関する開示状況の分析(2023年3月期有価証券報告書)
11/29 デロイト トーマツ調査、人的資本情報開示にて人事戦略が目指す最終成果を示していない企業が76%
田中弦の2023年はどうだったか?

私はこの1年で、社会人人生で最も濃い1年を過ごしました。露出含めて多くの講演や対談をしました。ちょうど1年前、お正月休みに統合報告書を1000社全部読み、無料で講演資料とリンク集を配布したことに端を発します。自分でも信じられないくらいです。
モーニングサテライトやForbesなどのメディアに出たり、Schooさんの人的資本みらい会議などをお手伝いしたりしました。ウェビナーは、累計9000人のお申し込みをいただきました。最初は一人で行っていたリサーチも、ボランティアスタッフが初期8名、今では15名ほどになっています。X(Twitter)のフォロワーは1万人を超えました。そして、憧れの伊藤邦雄先生と、3回ほど対談の機会をいただきました。最終的には人的資本開示は述べ4000のリサーチ結果を、データベースに格納しました。直近では、日経ビジネス 人的資本開示アワードをお手伝いしました。また、膨大な量のリサーチ結果から導き出した、以下の「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」をクリエイティブ・コモンズライセンスで無償提供を開始しました。

そして、実践です。現在人的資本経営コンサルティングを提供開始しました。日々、多くの人的資本経営に悩む経営者や人事部の方と、議論を繰り返して経営の実践のお手伝いをしています。
なぜ、そんなに読んで、土日もつぶして、無償提供でやっているのか、とよく聞かれます。私はウェビナーで、以下のようなスライドを使って説明しています。「なんだかあのタイミングで日本変わったかも?」というきっかけの一部のそのまた一部くらいに、なりたいのです。

日本は、人にまつわる課題は、山積みです。その際たるものが、少子高齢化による人手不足です。しかしながら、このタイミング人的資本開示の義務化、という大きな社会的転換点があり、そして、無料でベストプラクティスを配る私とボランティアグループがおります。小さな運動ではありますが、変化の一部の、そのまた一部くらいを、やりたいのです。私が4000社読んで、(少なくとも500時間は読んでいます)多くの人事部の方やIRの方、経営者の時間を削減することができれば、社会の効率がほんの少しでも、上がるのではないか……こう考えたのです。
すでに、2023年の統合報告書において、各社の人的資本開示の工夫が見られるようになってきています。変化は着実に起こってきている、と強く感じます。
最後に、私のウェビナーはこのスライドで終わります。

少しでも次の世代に明るい未来を残したいのです。私は燃えています。来年も、がんばりますので応援よろしくおねがいします。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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