人材定着率88%を実現。鳥貴族の「人」に向き合う組織づくり
2025.07.10
飲食サービス業界の平均離職率は他の業界の離職率を大きく下回る中、一際高い人材定着率を誇り、注目を集める企業があります。それが「鳥貴族」をグループ会社に持つ株式会社エターナルホスピタリティグループです。
かつては新入社員の4人に1人が1年以内に退職する状況だったところ、現在は定着率88%を実現。この変革の背景には、「うぬぼれ」というユニークな理念と、働く人に向き合った組織づくりにあります。同社ではどのように人材定着のための仕組みを構築してきたのでしょうか。エターナルホスピタリティグループ人財部 人財開発課の久保山豪氏に、同社の組織づくりと人事施策について語ってもらいました。
Profile

久保山 豪 氏
株式会社エターナルホスピタリティグループ 人財部 人財開発課 課長
中央大学経済学部卒業後、リクルート代理店に入社。法人営業担当として、外食・IT・不動産・金融・医療等の業界で300社以上を担当。営業管理職、新規事業責任者を経験。11年間勤務の後、2013年より鳥貴族(現エターナルホスピタリティグループ)へ入社。以後、採用全般(新卒・中途)の企画・実施を経て現職。採用・教育全般と人事制度の企画運営を担当。
定着率88%を達成。人事と現場が一体となって進める新入社員フォロー体制
――飲食業界では人材の定着率が低いと言われますが、貴社では以前はどのような課題を抱えていたのでしょうか。
私がエターナルホスピタリティグループに入社したのは2013年頃ですが、当時、新卒・中途を含めた入社1年目の離職率が約25%でした。入社した人の約4分の1の人が1年未満で辞めてしまう状況に対し、「これはなんとかしなければいけない」という危機感が社内にありました。
そこから検討を重ね、人材定着率改善に向けた具体的な取り組みを始めたのは、2015年から2016年頃になります。
——具体的にどのような取り組みを始めたのですか。
最初に着手したのは、「入社した人がなぜ辞めるのか、なぜ定着していないのかを把握する」ことでした。それまでは、退職届が人事に回ってきて初めて「辞めたい」という意思を知る状態で、辞めようと思った経緯が見えていなかったのです。
そこで、新しく整えたのが、入社時に面接を担当した人財部のメンバーが入社後1年間フォローする仕組みです。従来は面接をして採用が決まったら現場に引き継ぎ、採用担当者は基本的に育成に関わらない体制でした。
この新しい取り組みでは、人財部の社員が面接を担当した新入社員が働く店舗に訪問し、実際の働きぶりや職場への馴染み具合を確認します。面接で一度関係性ができているので、店舗の店長や上司には話しにくいことも人事には話してくれるのではないか、という仮説がありました。わからないことや悩みが溜まって孤立し、パフォーマンスが下がって居づらくなって辞めてしまう、という悪循環を防ぎたいと考えたのです。

——人事が現場を訪問するというのはユニークな取り組みですよね。現場の反応はいかがでしたか?
正直、この取り組みが始まった当初は、人事が店舗を訪ねると「何しに来たんだろう」といった反応をされることが多かったですね。それまでは人事が現場に行くことはほとんどなかったのですから。
ただ、この取り組みを10年近く続けてきて、今では「人事は店舗に来るものだ」という認識が店舗の社員に根付いています。
また、当時採用し、フォローしていた社員たちが、今では店長などの役職者になっています。自分がフォローしてもらった経験があるからこそ、新しく入社してきた社員を自然と気にかけるようになり、我々が訪問すると「新入社員の〇〇さんに会いに来たんですか?」と逆に聞かれることもあります。
新入社員だけでなく、現場の社員との連携がスムーズになってきたと感じています。
このフォロー制度を始めてから、入社1年目の離職率は大きく下がりました。現在は入社半年以内の離職率が約10%で、90%程度の定着率を維持できています。
——入社後の継続的なフォローのために、現在はどんな工夫をしているのですか?
初期の取り組みに加えて、現在はパルスサーベイという月1回の簡易アンケートを導入しています。すべての新入社員に対して同じ頻度でフォローするのは工数的に難しいので、パルスサーベイを活用してコンディションが下がっている人を優先的に再度訪問するようにしているのです。新入社員に限らず、フォローするべき社員がいれば訪問して声をかけます。
また、月半ばにはフォローミーティングを開催しています。パルスサーベイのフリーコメントなどを含め、新入社員の状況をチームで共有し、どのようにフォローしていくかを話し合います。これにより、個人の経験や感覚に頼る属人化を防ぎ、チームで継続的にフォローできる体制をつくっています。
このフォロー体制で重要なのは、単に新入社員に対して、彼らの不満を聞くようなフォローをするのではなく、上司と部下の関係をフォローすることです。やはり、会話の量が減ってくると上司と部下の関係性は悪くなりやすいもの。そんなときに、人事が上司と部下の間に立って関係の橋渡しをすることで、コミュニケーションが改善するケースが多いんです。
たとえば、調子が悪そうな社員がいた場合、まずは上司に「〇〇さん、最近どうですか?」と声をかけることから始めます。上司に先に声をかけて、『実は声をかけてなかった』『気にかけてなかった』という気づきを促すだけで、上司のアクションが変わる。上司のアクションがあると新入社員のモチベーションが急に変わることもあります。
一方、新入社員に会うときは、事前に上司に話を聞いておきます。その上で新入社員に「あなたのこういう点を高く評価していますよ」と伝えることもあります。本人が悩みや不満を抱えているときに上司からの承認を伝えると、「そうなんですか?怒られてばかりだと思っていました」といった反応もよくあります。
また、残念ながら退職に至ってしまった場合でも、私たちは残ってくれた社員、特に店舗で言えば店長をケアすることを大切にしています。どんなに厳しい人でも、部下が辞めてしまったときは「自分が辞めさせてしまった」と感じているものです。
そこで、「〇〇さん、残念ながら退職されましたね。私もフォロー不足でした。次からどうししていきましょうか」と声をかけます。残った社員と今後に向けて改善点を共有し、前向きに取り組んでいくことが大事だと考えています。

スローガンで終わらせない。「うぬぼれ」が社員を動かす理由
——貴社は「うぬぼれ」というユニークな理念を掲げています。この理念はどのように生まれたのですか?
「うぬぼれ」は、代表の大倉がつくった理念です。もともと社長が常々語っていた「こうありたい」「こうしていきたい」という想いを言葉にしたものです。

「うぬぼれ」という言葉は通常ネガティブな意味で使われますが、私たちはこれをポジティブな意味で捉えています。理念の中では、「焼き鳥屋で世の中を変えたい、世の中を明るくしたい」という、一見大それた志を掲げています。
世間からは「焼鳥屋ごときがうぬぼれるな」と言われるかもしれない。ならば、先に自分たちから「うぬぼれてます」と言ってしまおう、「ただし本気です。本気で世の中を明るくしたいと思っているんです」という決意を表明しているのです。
この理念は、当社で働くうえでの大切な判断軸となっています。社員同士の会話の中でも「うぬぼれの精神でいけば、こうあるべきだよね」「世の中を明るくするためには、こういう行動が必要だ」というように、日常会話の中でごく自然に理念の言葉が出てきます。
理念に共感して入社する社員も多く、組織の共通言語として、また行動指針として、機能しています。
——大きな組織の中で、理念が形骸化せずに浸透しているのはなぜでしょうか。
理念推進のためにいくつかの取り組みを行っていますが、一番大きいのは、経営陣が理念を体現していることだと思います。代表の大倉は常に理念に基づいたブレない決断をしてきました。
たとえば、コロナ禍の際、当社は政府からの休業要請が出る前に、いち早く全店休業を決断しました。「世の中を明るくする」と言っている会社なのに、社員が不安を感じながら働き、お客様も不安を感じながら来店する。それでは世の中は明るくならない。だから一旦閉めようと判断できたのは、理念が根底にあったからです。
また、大倉は常々、「会社の目的は理念を実現することであり、利益は手段である」と言っています。これは言葉で言うのは簡単ですが、実行するのは難しいものです。しかし大倉は上場間近で大きな利益が見込める節税スキームの導入を提案されたときも、「納税も社会貢献のひとつだから」という理由で即座に断りました。
理念に沿った正しい道を追求する。こうした経営トップの姿勢を間近で見ているからこそ、社員も理念を信頼し、自分ごととして捉えることができるのだと思います。
——なるほど。具体的な理念浸透の施策についても教えて下さい。
まず、社員への理念浸透施策を推進する「理念推進部」という専任部署を設けています。社員に対して定期的に理念研修を実施しており、大倉が直接話をする機会や、みんなで理念について話し合う場を設けています。
また、アルバイト・パート向けに「鳥辞苑」、社員向けには「トリキウェイ」という理念に加えて共有したい価値観をまとめた冊子を配布し、現場のミーティングなどでも活用しています。

採用プロセスの各段階でも、求人広告、面接前のメール、面接、入社手続き、入社後研修と計5回、理念を伝えています。これは理念は一度伝えただけでは浸透せず、何度も伝えていくことが重要だと考えているからです。
面接では候補者の価値観について直接聞くことはないですが、「なぜそう思ったのか」「なぜそう決断したのか」という理由を掘り下げることでその人の価値観を見極め、当社の理念と一致するかどうかを見極めています。
——ほかに、従業員がいきいきと働くために実施している施策があれば教えてください。
現在、人事制度の改定を進めています。社員が働きやすさと働きがいの両方を追求し、「ここで働いていて幸せだ」と思える環境をつくることが目標です。
働きやすさの面では、休暇日数の増加や労働時間・残業時間の削減、給与水準の見直しなどを進めています。一方、働きがいについては社員が自ら成長する機会をつくれるように等級制度・評価制度・賃金制度を改定し、新たな仕事やポジションにチャレンジできる機会の創出を目指しています。
働きがいに関する制度は、まずは役職者から先行して導入していくことが効果的だと考えています。上位役職者が前向きに働き、自身のキャリアを築いている姿を見せることで、部下であるメンバー層にも良い影響が波及し、チャレンジを促すことにつながると考えています。
当社のエンゲージメントサーベイの結果からも、役職者のエンゲージメントが高い部署はメンバー層のエンゲージメントも高い傾向が見られており、これはある意味セオリーなのかなと感じています。
人事の仕事は会社の「土壌」を育てること

——久保山さん自身が人事として大切にしている考え方を教えてください。
これは私の個人的な人生のテーマでもあるのですが、「頑張っている人を応援する人生にしたい」と思っています。
人事としては、誰が頑張っていて、何に苦戦しているのかを現場で得た情報客観的なデータを用いて把握し、頑張っている人を全力で応援していきたい。そして、頑張っている人が報われる組織、会社を追求していきたいと考えています。
私は、人事には「人間が好き」という気持ちが根底にあるべきだと思っています。
ただし、それは人間の良い面を見ることが前提ですが、一方で良い面だけを見るということではありません。人間ってどうしようもない部分や、完璧ではない部分も含めて人間ですよね。そういう部分も含めて、愛せるかどうか。綺麗事だけではない、多面的な人間理解が人事には必要だと感じています。
また、個人的には、ただ真面目なだけでなく、「真面目な不良」のような人も会社には必要だと考えています。そういった社員に力を発揮してもらうとしたら、人事はルールを杓子定規に当てはめるだけでは不十分です。人財を評価する視点に関しても、一見枠からはみ出しているように見えても、本質を捉えて成果を出している人財を見過ごしてはなりません。
常識にとらわれず、組織に新しい視点や変化をもたらす「揺らぎ」をつくる存在がいないと、組織は停滞してしまいますから。
そして、人事部門自体、多様な人材がいる「会社の縮図」であるべきだと考えています。その意味では人事にもそういう人財はいてほしいです。
——久保山さんが人事として今後挑戦したいことを教えてください。
今後、日本の労働人口が減少していく中で、外国人雇用を含むグローバルな視点での人事戦略がますます重要になっていきます。当社もグローバルに事業展開をしていくうえで、国内外の人財の流動化が進むと考えています。こうした中、時代や環境が変わっても社員が幸せに働ける状態をつくることが人事の役割です。
人事の仕事は成果が出るまでに時間がかかります。今やっている取り組みの成果が出るのはおそらく5年〜10年後でしょう。私自身いつかはこの会社を離れることになるでしょうが、自分が去ったあとも「土壌」としてあり続けるような人材育成の仕組みをつくっていきたいと考えています。
そのためには、経営陣と同じスコープで未来を見据え、長期的な視点で人事戦略を構築していくことが重要です。グループのビジョンである「Grobal YAKITORI Family」の実現に向けて、人事としても貢献していきたいと思っています。

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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