人事も使える「ゲームフルデザイン」とは? 思わず夢中になる仕組みを、企業組織にも
2025.07.18
目次
人事の現場では、合理的に考えれば「やったほうがいい」とわかることでも、従業員がなかなか行動に移してくれないという悩みは尽きません。説明を重ねても、インセンティブを用意しても、ルールを作っても、なかなか思うような効果が得られないことも多いのではないでしょうか。
頭ではメリットを理解しているはずなのに、なぜ人は動かないのか。その根源的な問いに対し、ゲームが持つ「人を夢中にさせる力」を活用した課題解決を目指す「ゲームフルデザイン」を提唱するのが、セガ エックスディーの伊藤真人氏です。今回は、『ゲームフルデザイン 「やりたくなる」を生み出すゲーミフィケーションの進化』の著者である伊藤真人氏に、ゲームフルデザインの考え方や、人事領域での活用アイデアまで、詳しく伺いました。
Profile

伊藤真人 氏
株式会社セガ エックスディー 取締役 執行役員COO
セガにゲームプランナーとして入社し複数タイトルのモバイルゲームディレクターを担当。新規事業部門に異動後はアドプラットフォーム事業立ち上げディレクター/アライアンスを担い、その後新規事業責任者としてメディア/ポイントプラットフォーム/コミュニティーサービスなどの幅広いデジタルサービスの新規事業責任者を経験。2016年8月にセガ エックスディーを設立し、現在はエクスペリエンスデザイン事業領域を管掌。単著に『ゲームフルデザイン 「やりたくなる」を生み出すゲーミフィケーションの進化』(翔泳社、2025)
ゲームが持つ人を夢中にさせる力を活用した「ゲームフルデザイン」
——まず、「ゲームフルデザイン」とは何でしょうか?よく耳にする「ゲーミフィケーション」との違いも教えてください。
2010年〜2012年頃にかけて、「ゲーミフィケーション」が一大ブームになりました。
ただ、当時のアプローチの多くは、ゲームが持つ表面的な要素、たとえばランキングやリワード(報酬)、レベルなどを既存のサービスにとりあえず導入してみる、というものでした。

でも、みなさんがゲームを遊ぶときを思い浮かべてみてください。「ランキングがあるからこのゲームは面白いんだ」とはならないですよね。ゲームの面白さの本質はそこにはありません。
ゲームの本質は「人を夢中にさせる力」です。この点に着目し、ゲームの本質を体験設計に落とし込んで、さまざまな課題解決を目指すアプローチが「ゲームフルデザイン」です。
たとえば、「ポイントがもらえるからやる」というのは、あくまで外発的な動機付けです。そうではなく、「ゲームフルデザイン」では「なぜ、人はその行動をやりたいと感じるのか」という内発的な動機や欲求まで掘り下げて考えます。その行動自体が楽しくて、報酬がなくても「つい、やりたくなってしまう」といった体験を設計することが、ゲームフルデザインの目指すところです。

——「ゲームフルデザイン」のアプローチはビジネスシーンでどのように活かせるのでしょうか?
「ゲームフルデザイン」がもっとも効果を発揮するのは、「合理性だけでは解決できない課題」です。特に、人の感情や行動が関わる場面で、これまで合理的な手法だけではうまくいかなかった領域にこそ有効です。
人事の領域でも合理性だけで人が動かないシーンはたくさんあると思います。
たとえば、在宅勤務に慣れた従業員への出社促進や、組織間のコミュニケーション活性化。これらは多くの企業が抱える課題ですが、会社側のメリットを論理的に説くだけでは、従業員一人ひとりの「面倒だ」という感情の壁を越えるのは困難です。
こうした課題に対し、これまでの人事はルールやインセンティブといった「外発的動機付け」で対処してきました。しかし、そのアプローチでは「やらされ感」を生むだけで、従業員の主体的なモチベーションを育むのは難しいのです。
このように合理性では動かせない人々の心を、内発的な動機付け、つまり「やりたい」という気持ちに働きかけて動かす。それこそが、「ゲームフルデザイン」が最も得意とするところです。
本来、組織の生産性を高めるのは「やらされてやる力」ではなく、一人ひとりが「自分ごととして主体的に取り組む力」です。その「やりたい」という内なる力を引き出すうえで、「ゲームフルデザイン」は強力な武器となります。
「やらされ感」を「自分ごと」に。主体性を引き出す体験の作り方
——ゲームフルデザインを組織づくりに応用して、従業員が主体的に「やりたくなる」体験を設計するためには、どうすればいいのでしょうか?
組織作りという観点では、心理学の「自己決定理論」が非常に重要なヒントになります。これは、人間の内発的なモチベーションは「有能性」「自律性」「関係性」という3つの欲求が満たされることで高まる、という理論です。

人事の方がゲーミフィケーションを取り入れるとき、ポイントカードやスタンプラリーといった施策を考えがちです。これらは個人の「有能性」を刺激するうえでは有効かもしれません。
しかし、組織は人の集合体であり、人が関わり合うことで価値を生むチームです。そのため、組織全体を盛り上げるためには、他者との関わりを生む「関係性」の視点を含んだアプローチが実は非常に重要です。
一人ひとりが自らの役割に「有能感」を持ち、その役割を「自律的」にまっとうでき、その貢献を仲間と分かち合い、称賛しあえる「関係性」がある。この3つがそろってはじめて、人は「自分ごと」として組織に関わり、本当の意味での自律的な組織へと成長していきます。
——「3つの欲求」を満たすために、どのように体験設計をつくればいいのでしょうか?
私は「3WG」というフレームワークを提唱しています。これは、「Who(誰が)」「When(どのシーンで)」「Which(どの選択肢で)」「Goal(何を選ぶべきか)」の頭文字を取ったものです。
まず重要なのは、人事の方が担当するミッションに対して明確な「ゴール指標」を設定することです。採用であれば「年間何人採用する」、組織活性化であれば「エンゲージメントサーベイを何点アップさせる」といった具合に、定量的な目標を決めます。
次に、そのゴールを構成している「行動変容」を特定します。これが重要なポイントで、たとえば採用10人という目標であれば、「エントリー数を増やす」という行動が必要になりますよね。であれば、「候補者がエントリーしたくなるような体験」を考えればいい。
エンゲージメントサーベイの向上であれば、もう少し複雑になります。「エンゲージメントを構成する要素は何か」「どういう行動をしている人のスコアが高いのか」などを分析し、スコアの高い社員の行動パターンから仮説を立てます。たとえば、「出社している人のスコアが高い」という仮説があれば、「出社したくなる体験」を作ります。
このように、最終的なゴールをブレイクダウンして、シンプルなアクションまで分解することがゲームフルデザインの体験設計の第一歩です。複合的な要因をひとつずつ分解し、具体的な行動レベルまで落とし込むことで、初めて効果的な施策が打てるようになるのです。

メンバーが自発的に「やりたくなる」。組織活性化の事例

——ゲームフルデザインの施策として、具体的にどんなものが考えられますか?
当社で実践して効果があった事例をいくつかご紹介します。これらの施策は、私をはじめとするマネージメント層からのトップダウンで実施したものではなく、人事部門や若手社員から発案され、実際に実行されています。一つひとつが魅力的で、私もワクワクしながら取り組みを見ていました。
ひとつは、健康経営の一環で実施した「千里の道も一歩から!トモタツ世界旅行」というウォーキング企画です。
「健康のために毎日歩きましょう」と言う代わりに、社員の歩数データを集計し、その歩数に応じて地図上で社長が世界旅行をする仕組みです。社長が行きたがっていたスペインやイタリアなどを巡るルートを設定し、みんなで協力して社長を目的地まで到達させるというストーリー性を持たせました。
自分の歩数が可視化され、みんなでひとつのゴールを目指すことで「関係性」が育まれます。さらに「社長が何日でゴールできるか」を予想する“くじ”のような要素も加え、歩くことに直接参加しない層も巻き込む工夫をしました。
結果的に、任意参加にもかかわらず従業員の3分の1以上が参加してくれました。参加者からは「周りに負けたくないから歩くことを意識して生活した」という声も聞こえ、まさに「ついやりたくなる」体験が実現できました。
もうひとつは、出社促進を目的とした「くるくる交換スペース」です。これは若手社員が発案した施策で、オフィスの目立つ場所に物々交換スペースを設置しました。
社員が持参した私物を起点に、快眠アイテムが春雨に、春雨がマウスに、マウスがトレーディングカードに……と、まるでわらしべ長者のような交換劇が日々繰り広げられました。
交換されるモノの変化そのものがコンテンツとなり、「今日は何に変わっているだろう?」という関心が社員の足をオフィスへと向けさせました。結果として、スペース周辺には自然と人が集まり、コミュニケーションが活性化。大きな予算をかけずとも、出社したくなる体験を作ることができました。
完璧より実験を。遊び心で組織を動かす
——どれもやってみたくなるアイデアですね。「ゲームフルデザイン」を組織に導入する際に気をつけることはありますか?
もっとも重要なのは、最初から全員を巻き込もうとしないことです。
どんな組織にも、新しい取り組みに積極的な人と、少し距離を置いて見ている人がいます。後者の層を無理に巻き込もうとすると、かえって「やらされ感」が強まり、反発を招きかねません。
ですから、まず取り組むべきは「味方探し」です。社内を見渡せば、変化を面白がってくれる人が2割くらいはいるはずです。その人たちと協力して小さく始め、「何か楽しそうなことをやっているな」というポジティブな雰囲気を作ることが一番の近道になります。
もう一つ重要なのが、小さくテストを繰り返すことです。いきなり全社的なルールとして導入するのではなく、まずは任意参加の施策として実験的に行ってみる。当社では社員発のアイデアを承認制で受け入れ、アンケートなどで効果を測定したうえで、本格導入するかどうかを判断します。
このアプローチを取り入れることで、リスクを最小限に抑えながら、本当に組織に響く施策を見つけ出すことができます。
——「ゲームフルデザイン」の考え方を身につけるためには、どうすればいいでしょうか?
まずは日常の中で、「この面倒なこと、どうやったら楽しく解決できるかな?」と考えるクセをつけるのが一番のトレーニングになると思います。
たとえば、毎日のタスク管理。ただのToDoリストではなく、「今日は10個中8個クリアできたら自分の勝ち」というように、自分で勝手に「勝ち負け」を設定してみるんです。それだけで、仕事が少しゲームのように感じられ、達成感が生まれます。
子どもの頃を思い出してみてください。道端の白線の上から落ちないように歩いたこと、ありませんか?あれは誰に言われるでもなく、自分でルールとゴールを決めて、ただの「移動」を「ゲーム」に変えていたわけです。
大人になると忘れがちな、この遊び心を取り戻すことこそ、ゲームフルデザインの考え方を身につける第一歩だと思います。
——最後に、日々組織作りと向き合っている人事担当者に向けてアドバイスをいただけますか。
人事の方は、本質的には「人が好きで、社員に楽しく働いてほしい」という温かい想いを持っていると思います。しかし、日々の業務では「エンゲージメント向上」や「離職率改善」といったミッションと向き合う中で、気づけばルールで人を縛るような、少し心苦しい役割を担っていることもあるかもしれません。
「ゲームフルデザイン」は、そんなジレンマを抱える人事の方が、管理する立場から「楽しい体験の作り手」へと役割をシフトするために有効な考え方です。
「人は理屈だけでは動かない」という割り切りが、新たな道を開いてくれます。正論や合理的な説明が通用しない場面に直面したとき、「楽しい」という感情に働きかけるアプローチがあると思えるだけで、人事のみなさんの選択肢はぐっと広がるはずです。
まずは完璧な体験設計を目指す必要はありません。予算をかけなくても、明日からできるような小さな実験でいいのです。
「どうすれば楽しんでくれるだろう?」と試行錯誤するプロセスの中にこそ、人事という仕事の本来のやりがいや、人を活かすことの楽しさを見つけられるのではと思います。
※記載されている情報はインタビュー当時のものです。
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