【遠藤功】人の成長なくして組織の成長なし。三菱電機が挑む全社変革と人的資本経営の再定義

日本を代表する企業が今、前例のない規模での組織変革に挑んでいる。品質不正問題が次々と明るみに出たことを契機に、「このままでは会社が生き残れない」という強烈な危機感が経営陣に生まれた三菱電機​。同社 常務執行役CHRO(最高人事責任者)である阿部恵成氏は、組織風土改革、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の推進、人事制度の刷新などフルモデルチェンジとも言える非連続的な変革を矢継ぎ早に実行している。

数々の企業で社外取締役や経営顧問を務める遠藤功氏は、この三菱電機の挑戦を「一部分だけのマイナーチェンジでは生き残れない時代。まさに“全部変え”に取り組んでいる」姿だと評する​。では、同社の変革の本質とは何であり、どんな課題に直面しているのか。そして「人的資本経営」を掲げる中で、人と組織の関係性をどう再構築しようとしているのか。阿部氏と遠藤氏の議論から再構成する。

Profile

阿部 恵成 氏

三菱電機株式会社 常務執行役 CHRO

遠藤 功 氏

株式会社シナ・コーポレーション代表取締役

 

 

変革の最大の敵「現状維持バイアス」

三菱電機が大改革に踏み切った背景には、度重なる品質不正問題の発覚があった。長年続いた不適切な品質検査やデータ改ざんが表面化し、企業の信頼は揺らいだ。阿部氏は「当社は非常に内向きであった」と反省し、これを企業体質を見直す契機と捉えた  

社外に目を向ければ技術革新や競争環境の変化は激しく、「早くキャッチアップしていかないと間に合わない」という強い危機感に突き動かされたという。今取り組んでいる変革の数々は、まさにこの3年間にわたる危機対応の集大成である。銀行業界の例にならい、「全部変えなければダメだ」という覚悟で始めた全社改革だが、その道のりは平坦ではない。 

こうした抜本改革を進める中で浮き彫りになった論点が、「現状維持バイアス」である。遠藤氏は「変革の一番の敵は現状維持バイアスだ」と指摘する。組織に染みついた「このままでも何とかやっていける」という無意識の思い込みこそが、変革を阻む最大の障壁なのだ。 

「間違っているのだけど、現場に行けば行くほど目先のことだけ回していればいいと思ってしまう」(遠藤氏) 

特に三菱電機のように社会インフラを多く手掛け、業績も長期安定している事業では、「まだこのままでやっていけるのでは」という慢心や安住が生まれやすい。実際、現場の管理職層には会社の危機感が十分腹落ちせず、言われた改革メニューを「こなす」ことに意識が向いてしまっている向きもあるという。大企業であればあるほど外部環境の劇的な変化を肌で感じにくく、危機感の共有が難しいという課題が浮かび上がる。 

この現状維持バイアスに風穴を開けるには、組織文化そのものを変えていくほかない。遠藤氏は、変革の文化を体現する企業としてリクルートの名を挙げる。同社には現状維持バイアスはなく、「変革バイアス」が根付いているという。「変わるのが当たり前」(遠藤氏)というカルチャーで、むしろ変化を恐れず次々に新事業へ挑戦していく。だからこそ常に成長を遂げているのだ。 

三菱電機も将来的には「変革バイアス」が当たり前に浸透する組織への転換を目指している。阿部氏は「なぜ今これほどまで改革を急いでいるのかといえば、結局これまで小さな変革や継続的な改善を怠ってきた反動だ」と語る。改革を一過性のプロジェクトではなく、継続的な組織文化の醸成へとつなげていくことが求められている。  

サイロを壊し人材を動かす人事戦略

組織文化を変えるためには、人と組織の動かし方を変える必要がある。三菱電機では現在、サイロ(縦割り組織)の打破に向けた人事戦略が積極的に展開されている。 

その象徴が幹部クラスの大胆なローテーション(配置転換)だ。かつて同社では事業本部ごとに人事が閉じており、各本部の中で昇格して役員になるのが当たり前という風土だった。隣の本部で何をしているかは知る必要もないというほど部門間の交流が乏しく、阿部氏は「硬直的な人事が組織の硬直化(サイロ化)を招いた」と分析する 

そこで阿部氏は近年、次期役員候補と目される層に対して「縦・横・斜め」のローテーションを計画的に実施し、各事業からの人材の抱え込みを許さない方針を打ち出した 

実際にここ数年で本部間をまたぐ幹部級人事異動が相当数増えており、従来では考えられなかったダイナミックな人材の流動化が起きている。狙いは明確だ。人を動かすことで現状維持バイアスを打ち砕くことである。 

遠藤氏は「現状維持バイアスを壊す一番簡単な方法は、人を大胆に異動させることだ」と話す。部署に固定され「自分はずっとこの仕事をするものだ」と思えば、人は変わる必要も学ぶ必要も感じなくなる。しかし一度異動すれば、新しい仕事を覚え新しい人間関係を築かねばならず、自ずと意識が変わる 

欧米企業に組織のマンネリが少ないのは、人材が社内外で次々とポジションを変えてキャリアアップしていくからだと言う。日本企業では長らく終身雇用と部署固定が主流だったが、それゆえに逆に社内でのダイナミックなローテーションを強化する必要がある。 

阿部氏自身、もともと人事キャリア一筋であったが、いきなり広報部長に抜擢され、しかも会社の危機的状況下でその職を担うことになった。戸惑いながらも無我夢中で取り組んだこの経験が、のちに人事部長として戻ってきた際、改革者としての原動力になったと語る。ローテーションで一時的には悲鳴を上げる社員も、後になって「異動して良かった」と言うことが多いという

遠藤氏は「硬直的な組織の背景には硬直的な人事がある。人を大胆に混ぜることで組織に健全な揺らぎが生まれる」と強調する。三菱電機の人事改革はまさにこの思想を体現したものだ。  

人の成長なくして組織の成長なし

変革を進める中で改めて問い直されたのが、「人と組織の関係性」である。日本企業では従来「社員を大事にする」と言いながらも、その実態は雇用の保障や福利厚生に留まり、社員の成長機会ややりがいまでは踏み込めていないことが多かった。 

遠藤氏は「人を大事にするということは具体的に何を意味するのか。人的資本経営とは経営として何をすることなのか、あやふやなままではないか」と問題提起する。同氏は「人が成長しないのに組織が成長することはありえない」と断言し、「人を大事にするということは、そこで働く人に成長する機会を与えることだ」と語る 

社員一人ひとりが成長したいと思い挑戦できるカルチャーを醸成すること――それこそが本当の意味で人を大切にする会社であり、結果として組織全体の成長につながる 

「人の成長なくして組織の成長なし」。これが遠藤氏の一貫した主張である。では、三菱電機は人的資本経営の実践に向けて何をしようとしているのか。阿部氏は「従業員や採用マーケットから選ばれる会社にならない限り、未来はない。そのために重要なのは、単に人材投資額や施策を開示すること以上に、社員が働く中で生きがいや成長実感を得られているかである」と強調する​​ 

従業員エンゲージメント(愛着・熱意)を高め、社員が「この会社で成長できる」「キャリアを会社にサポートしてもらえている」「幸せになれる」と感じられるようにすることが肝心だと話す。今後一層取り組みを強化していく考えだ 

遠藤氏は自身の経験から、日本の人材観が大きな転換期を迎えていると語る。同氏はかつて10年間勤めた三菱電機を辞め、外資系企業へと転じた経歴を持つ。その際痛感したのは、海外では人々は「会社」ではなく「機会(オポチュニティ)」によってキャリアを積んでいくということだった 

日本では「どの会社に勤めているか」が重視されがちだが、グローバル人材は「その会社でどんな機会が得られるか」を軸にキャリア選択をする。遠藤氏は「日本でも間違いなく会社ではなく機会で職場を選ぶ人が増えていく」と予測する。多様な挑戦の場があり「ここなら自分が成長できる」と思えるオポチュニティに溢れた会社こそ、これからの時代に魅力的な会社なのだ 

人材獲得競争が激化する中、企業が持続的に成長するには、社員に成長機会を提供し続ける「人的資本経営」の真価が問われる。組織の中に「変わり続ける」文化を醸成し、社員一人ひとりの成長が会社の成長とシンクロする時、企業は真にしなやかで強靭な存在へと生まれ変わるのだろう。 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

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