困難な疾患に挑むJCRファーマが仕掛ける、“人”を起点にした組織の再設計

希少疾病領域のスペシャリティファーマとして、独自の存在感を放つJCRファーマ株式会社。創立50周年という大きな節目を迎え、同社は今、劇的な組織文化のアップデートを進めています。急速な規模拡大とグローバル化、そしてデジタルネイティブ世代の台頭。激変する環境下で、いかにして「創薬への情熱」を絶やさず、スピード感のある組織風土を再構築しようとしているのでしょうか。研究本部のリーダー、そして経営の舵取り役として奔走する薗田様に、改革の舞台裏と組織論を伺いました。 

Profile

薗田 啓之氏

JCRファーマ株式会社 取締役 専務執行役員 研究本部長

2003年、日本ケミカルリサーチ株式会社(現JCRファーマ株式会社)に新卒入社後、創薬研究に従事し、脳に薬を効率的に届ける技術「J-Brain CargoⓇ」を開発。 

創薬研究におけるチームリーダー、ユニットリーダー、事業開発および経営企画との兼任を経て、2020 年より取締役。現在は取締役専務執行役員 研究本部長。2026 年 4 月より代表取締役社長に就任予定。 

組織の急成長から生じたひずみ——「小回り」の強みから、大きく戦える組織へ 

――JCRファーマさまが組織づくりに注力されている背景からお聞かせください。 

薗田様: 最大のきっかけは、会社の規模拡大によって生じた副次的な課題です。この10年ほどの間に、私たちの仲間は一気に増え、現在は1000名弱の規模になっています。以前は200人から300人程度の規模で、社員の顔と名前が完全に一致していました。誰がどこでどんな仕事をしていて、何が得意なのかを把握できており、何かあれば「あの人に聞こう」という阿吽の呼吸で組織が回っていたのです。 

しかし、特に新卒採用を積極的に行ったことで、研究本部には若い世代が急増しました。そこで、これまでの「阿吽の呼吸」が通用しなくなり、目に見えないギャップがあらゆる場所で生まれ始めたのです。 

――「ギャップ」とは、具体的にどのようなものでしょうか。 

薗田様: 主に価値観や仕事の進め方のギャップです。今の若手は、私たちが若かった頃とは比べ物にならないような変化のスピードに慣れています。さらに、本能的に「自分たちは何のために働いているのか」という納得感を求めています。また、デジタルが当たり前の世代ですから、「なぜこれを紙でやっているんですか?」という素朴な疑問も持っています。 

少人数であれば、それらのギャップを一つ一つ対話で埋められましたが、社員が増え、さらにはコロナ禍が重なりました。マスクで顔が十分に分からず、ダイレクトなコミュニケーションが減る中で、組織の中に「うまくいっていない」という課題感が溜まっていったのです。 

さらに、仕事が複雑化し、グローバル基準での対応も求められるようになってくると、昔のような「小回りがきく」という強みだけでは、戦いきれなくなったのです。この複雑な状況を打破し、再び我々の強みであるスピードを取り戻すためには、新しい組織の形を模索するしかありませんでした。それが、ここ数年の組織改革のリアルな始まりです。 

創薬はハイリスク。だからこそ、突き抜ける「パッション」が必要になる 

――研究開発の組織づくりにおいて、最も大切にされている視点は何ですか。 

薗田様: 製薬業界、特に私たちの専門とする希少疾病領域は、他の産業とは決定的に違う点があります。それは、極めて「ギャンブル的な要素」が強いということです。R&D(研究開発)に莫大な投資をしても、創薬が成功する確率は驚くほど低い。例えばお菓子作りなら、小さく投資して小さなヒットをたくさん打つという戦略をとれますが、新薬開発は一発の投資が巨額で、とてつもなく高い壁に挑む世界です。失敗した時のリスクは相当に高いですが、当たれば大きい。それが製薬企業の宿命です。この過酷なレースで勝ち抜くために必要なのは、誰かからの指示で動く人間ではありません。 

――指示ではなく、何が必要なのでしょうか。 

薗田様: 「本人がやりたいからやる」「面白いからやる」というパッションです。ブレークスルーは、誰かに言われて起きるものではありません。「患者さんのためにこの薬を絶対に届けたい」という強い思いを、どれだけ多くの社員が持てるか。そうした情熱的なプロフェッショナルをどれだけ育成できるかが、企業の生死を分けると確信しています。だからこそ、社員のモチベーションやエンゲージメントは、単なる「福利厚生」ではなく、私たちの「成長戦略」そのものなのです。 

「人」を起点にしたコアバリューの再定義 

――50周年を機に、コアバリューも一新されたとお聞きしました。 

薗田様: はい。以前は「医薬品を通して人々の健康に貢献する」といった、ごく一般的な企業理念を掲げていました。それ自体は間違っていませんが、「なぜこの会社で働くのか」という問いに対する独自の答えにはなっていなかったのです。昔は規模が小さかったので、明文化しなくても皆が同じ方向を向けましたが、組織が大きくなった今は、明確な指針のフレームが必要です。 

新しいコアバリューは、「独創」「進化」「卓越」といった言葉に加え、そのすべてのベースに「人」を置いています。患者さんやそのご家族はもちろん、社員自身も、すべての起点は「人」であると定めました。 

――新しいバリューを浸透させるために、どのようなプロセスを踏まれたのですか。 

薗田様: 面白い取り組みとしては、若手中心に「自分たちのありたい姿」を描いてもらうプロジェクトを立ち上げたことです。各部署からパッションのある若手を集め、経営層に対して「自分たちはこうありたい」とプレゼンしてもらう場を作りました。 

単に上が決めたものを下へ伝えるのではなく、彼ら自身の思いを形にする。経営陣も「それは違うんじゃないか」「この視点は取り入れよう」と、かなり本気の議論を尽くしました。そうやって作り上げたからこそ、若手たちも「これがあったからこの会社に入ったんだ」と納得感を持ってくれているのではないでしょうか。 

――新しいスローガン「Life is Rare」も非常に印象的です。 

薗田様: これは本当に良いものができたと思っています。グローバルチームが主導して議論を進めたのですが、英語での響きや意味が非常に美しく、奥深い。日本語に直すと少しニュアンスが難しくなる部分もありますが、「希少疾患という最も困難な課題に挑戦し、答えを作り出していく」という私たちのアイデンティティが見事に表現されています。 

――「Rare」という言葉には、希少疾患(Rare Disease)という意味以上の重みを感じます。 

薗田様: その通りです。私たちの仕事は、単なるビジネスではありません。向き合っているのは、世界でも数少ない、でも確実に苦しんでいる患者さんたちです。その一人ひとりの人生(Life)が「Rare(かけがえのないもの)」であるという思いが込められています。 

以前の「昭和的な感覚」なら、こうしたスローガンは二の次で、本業さえしっかりしていればいいという考えもありました。しかし、今の世代は違います。自分たちの目指すフレームが、自分の価値観と合致していなければ、高い壁に向かって本気で頑張れない。この「Life is Rare」という旗印を掲げたことで、組織の進むべき道が、非常にクリアになったと感じています。 

患者さんに一刻も早く届けるために。スピードを追求する切実な理由 

――薗田様は日々、スピード感についてもかなり厳しく発信されているそうですね。 

薗田様: はい。私は少しスピードを求めすぎるタイプかもしれません(笑)。周りからは「それ以上は無理です」と言われることもありますが、私はスピードを追求し続けます。 

なぜそこまで急ぐのか。それは、私たちがターゲットにしている病気は、1日、1日と症状が進んでいくものだからです。患者さんは待ってくれない。私たちが1日でも早く薬を届けられれば、救える命の数が確実に増えるんです。同じ薬を出すなら、早く出さないと意味がない。これは単なる効率化の話ではなく、倫理的な使命感の話です。 

――大規模組織になり、スピードを保つのは難しくなっていないでしょうか。 

薗田様: 確かに、医薬品開発には守らなければならない厳格なルールがあり、安全性の確認をスキップすることはできません。しかし、「意思決定のスピード」は変えられます。無駄な社内手続きや、本来なら一瞬で済む話に何段階も承認が必要な状況を、いかに排除するかを考えています。 

人数が増え、昔のような小回りはきかなくなっていますが、だからこそ「組織風土」が重要です。「薗田が言ったからやる」という属人的なスピードではなく、誰もが納得感を持って迅速に動ける風土を、今まさに、もがきながら構築している最中です。 

若手に「ショック」を与え責任を渡す、JCRファーマ流の育成 

――組織が複雑化する中で、若手研究者の育成について意識されていることはありますか。 

薗田様: 私は「ショック療法」と呼んでいるのですが、あえて若手をグローバルな最前線の場に連れて行き、無理にでも発表させることがあります。 

背景には、「井の中の蛙ではいけない」という考えがあります。海外のトップレベルの研究者と戦い、自分の現在地を知って「このままではまずい」と肌で感じること。それが人を最も成長させます。自分の位置を把握してはじめて、「もっと勉強しよう」「頑張ろう」という本気のスイッチが入るんです。 

また、弊社では若手にも試験責任者(Study Director)などの重要な役割を任せます。もちろん、本人は凄まじいプレッシャーを感じます。ですが、責任を渡されることでしか、プロフェッショナルとしての自覚は芽生えません。 

幸いなことに、プロジェクトの数が非常に多いため、若手が中心を担わざるを得ない環境でもあります。自力でこじ開けなければならない場面も多い。少々乱暴な教育かもしれませんが、この荒波を乗り越えた人間は、数年後にはとてつもなく強いリーダーに育っています。 

「自分たちにしかできないこと」にフォーカスする。強みで勝つための組織戦略 

――今後の展望として、どのような組織を目指していきたいとお考えでしょうか。 

薗田様: 50年先も会社を発展させるために私たちが磨き続けなければならないのは、「自社の強み」です。例えば、最近はAIによる創薬が注目されていますが、私たちはAIを単なる脅威として切り離すのではなく、AIをどう使い、人にしかできない価値をどこに見出すのかを見定めなければなりません。 

私たちの最大の強みは、実は「ものづくり」にあります。バイオ医薬品は、薬の種を見つけるのも難しいですが、それ以上に「安定して作る」ことが極めて困難です。どんなに優れた発見をしても、形にできなければ患者さんには届きません。私たちはこの安定したものづくりのベースが非常に強いのです。これは他社が簡単に真似できることではありません。 

こうした強みを理解していれば、「この創薬テーマは他社と組んでもいいが、製造は自社でやる」といった独自の戦略が打てます。逆に、自分たちのキャパシティを超えるものに手を出して共倒れになるリスクも避けられるのです。 

「何でもやる」のではなく、「自分たちにしかできないこと」にフォーカスする。その判断ができる人材をどれだけ育てられるかが、これからの勝負だと思っています。 

原動力は、全力で取り組める納得感と「おもしろい」と思えるかどうか 

――改革を進める中で、社員の皆様の変化をどう感じていらっしゃいますか。 

薗田様: 私たちは、希少疾患の患者さんのためのイベントや患者会にも積極的に参加しています。以前はどこか「仕事の一環」という冷めた空気もあったかもしれませんが、最近は参加している社員たちが、心から楽しんでいるように見えます。 

――なぜそのような変化が生まれたのでしょうか。 

薗田様: 企業理念やスローガンが言語化され、自分たちが何を目指しているのかが明確になったからだと考えます。仕事が忙しくてつらいとき、人はどうしても「なぜこんなことをしているのか」と後ろ向きになります。そのときに、患者さんの笑顔や、切実な声を思い出すスイッチがあるかどうかにかかっています。 

「自分の仕事は、患者さんやその家族の答えを作ることなんだ」という納得感があれば、もう一度立ち上がれる。最近の若手たちは、最初から希少疾患領域に携わりたいという強い意志を持って入社してくる方も多いですから、その土壌はさらに強固になっています。 

――最後に、薗田様が日々、経営と研究に向き合う原動力を教えてください。 

薗田様: 結局のところ、「おもしろくないとダメ」だと思っているんです。教科書的な回答を言えば「患者さんのために」ということになりますが、その根底には、自分たちの挑戦への純粋なワクワク感が必要です。リーダーである私自身が「おもしろい」と感じていなければ、周りはついてきません。 

「この仕事はおもしろい」と感じられる。サイエンティフィックな発見にみんなで「わっ」となれる。組織の壁なんて関係なく、話ができる。そんな空気感こそが、すべての原点です。 

――納得感や「おもしろさ」が強い組織をつくる、ということでしょうか。 

薗田様: そう思います。どんなに立派な組織論を並べても、そこで働く人間がつらいだけで、笑顔がなかったら意味がない。私が目指しているのは、改革の結果として「みんながより笑えるようになる」組織です。 

私自身、楽しいことが大好きですから。リーダーが面白がっている背中を見せ、社員がそれぞれの「おもしろい」を見つけられる環境を作る。その積み重ねが、結果として患者さんに届く最速の答えに繋がると信じています。 

※記載されている情報はインタビュー当時のものです。

この連載の記事一覧

UNITE powered by Uniposをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む